第6話 お披露目会

「こっこれ、これ、これ! 『歌うたい』の、正装じゃないですか!?」

「ええ、そうですよ。だってシアちゃんの『歌うたい』としてのお披露目会だものねえ」


 ネフェルリリィさんが私の肩に合わせてくれたのは、白の絹に金糸の刺繍が贅沢に施された、幾層にも重ねられた華やかなドレス。


 まるで王女様が着るような、全ての女の子が夢見る想像の具現化だ。


 突然の提案から数日経って、今日は私のお披露目会。

 城の人間を集め、私が新しい『歌うたい』であると正式に知らせるそうだ。いや、もう充分知られてると思うけど。お仕事のときずっと一緒にいるし。


 それだけで恥ずかしいというのに、また改めて外部に向けて知らせるものも開くというのだからいよいよ恐ろしい。


「髪も結い上げようね、ああ、本当に綺麗な金の髪。衣装によく合ってる」

「そ、そうですかね……?」


 てへてへと照れて頭を掻いていると、力強く下げられた。髪を結うのに邪魔だったらしい。


「綺麗に着飾って、オーウェン様を驚かせようね」

「…………はい!」


──────────────────────


「今日は祝福すべき日だ」


 大広間の中央でオーウェンが語る。いつもよりも荘厳な、竜のときの姿を思わせる深い青の正装だ。長い王笏も持っている。


「僕のもとに、新しい『歌うたい』がやってきた」


 城中の人間たちが「おめでとうございます」と口々に叫んでいる。私は、扉の隙間からその様子を窺いながら、いつ入れば良いのだろうのそわそわしていた。


「皆も知っての通り、先日の大国の侵略で僕は手傷を負った。皆のことも危険に晒してしまうところだったことは謝罪しなければならない」


 オーウェンは一礼すると、一息置いて続ける。


「だが、その危機を救ったのもまた、新しい『歌うたい』の彼女である」


 彼は王笏で床をコツンと突く。


「彼女こそ、僕の『歌うたい』、シア・アンバーだ!」


 ネフェルリリィさんに促されて、硝子の靴で一歩踏み出す。


 参加者たちの声が一層大きくなる。


「シアちゃーん! おめでとう!」

「これからよろしくねー!」

「衣装、似合ってるよ〜」

「歌って歌ってー!!!」


 口々に投げかけられる声援に頷いたり、手を振ったりと忙しい。こんなに人から笑顔を向けられたことなんてなかった。それが心地好くて、こそばゆい。


 中央に辿り着き、オーウェンの胸元に飛び込む。


「シア…………!」

「どう、ですか?」


 口元がにやけるのを抑えながら自慢したくて彼を見上げる。すると、彼は心の底から嬉しそうに私の手を握った。


「今の君は、地上で一番美しいよ。もう閉じ込めてしまって、他の誰にも見せないでおこうかと思うくらいにね」


 竜がそれを言うと割と洒落にならない。

 たははと笑って流すと、彼は私の肩を抱いて周りへ知らしめた。


「さあ、彼女の力を疑うものはここにいないだろうが、改めて広めるときだ!」


 それから私の耳に口元を寄せ、ウインクして囁く。


「やることは分かってるかな?」

「はい! ネフェルリリィさんに教えてもらいました!」


 これから祝福の歌を歌うのだ。

 竜に捧げるものではなく、人に聞いてもらうもの。


 何の変哲もないただの歌で、何の効果もありはしないが、それを聞くと幸せになれると信じられている。


 『歌うたい』は竜のためだけのものではない。


 竜と力を合わせ、人々を助けることが本質だ。


 その手始めとして、皆の幸福を願う歌を歌う。


「さあ、歌って!」


──────────────────────


 祝福の歌を終えれば、次はどんな歌でも歌っていい。


 私は誰でも知っているような、童歌や子守唄を選んで歌った。皆にも、楽しんでほしかったのだ。


 私の声に、皆も合わせて楽しそうに歌う。


 それを誇らしげに見ていたオーウェンだったが、段々と目を瞬かせる回数が増えてきた。


「眠くなりましたか? オーウェン」

「うん…………ごめんね」


 オーウェンは冬の竜帝だが、それ故によく眠る。寒さは竜の消耗を増す上に、この土地自体の地脈が荒れがちなのだ。すると、彼は眠りについて回復を待つことになる。


「少し仮眠を取ってくる。君は気にしないで、楽しんでいて」

「はい! 戻ってくるのをお待ちしていますね!」


 そうしてオーウェンが立ち去った後。事件は起きた。


 何やら入口のほうが騒がしい。

 どうしたのだろうと視線をやると、入口の警備が慌てて走っていくところだった。


「何だ?」

「来客だってよ」

「今日に? 聞いてないぞ?」


 楽しんでいたところに水を差された人々が不満そうにざわついている。


「どこからだ? そんな不躾なやつは」

「それが────学院だってよ」


 学院。

 私の心臓が大きく動く。

 学院。その響きがぐるぐると頭の中にこだまする。


 何故、学院が今ここに関わってくる?


 まだ、私を逃してはくれないというのか?


「学院が………」


 誰かが声を張り上げた。


「次の『歌うたい』を、連れてきた────!?」

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