第8話 太陽の竜帝
「その小娘を捕らえろ!!」
ネフェルリリィが切り裂くような声を放つ。
その声に、すぐさま警備兵が駆けつけてアメリを取り囲んだ。
「…………っ!」
逃げ出そうとしたアメリが、割れた皿の破片を手に取り、振り回しながら出入り口のほうへ走り出した。が、がくんと体勢を崩して止まる。
「ぎゃああああああああ!!!!」
見ればアメリの足元が凍りつき、膝まで氷柱の中に飲み込まれている。
体勢を崩した分の体重がかかり、氷が肉を切り裂いた。だらだらと流れ出る血が更に凍りついていく。
「………………………」
シアを抱きかかえたオーウェンが、無表情にアメリを見下ろしている。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!」
「……耳障りな音だな」
「……………………!」
更に、アメリの口元がバキバキと凍っていく。痛みの余り流れる涙も凍りついては割れていく。
普段、王国の人間に振るわれることのない圧倒的な暴力が、目の前で容赦なく振りかざされることに、宴の参加者たちは息を飲むことしかできなかった。
「どうした? 逃げてみろ」
「うゔーーーーーーーー!」
氷の腕がアメリの首を締め上げる。
あと僅かにでも力を込めれば、首の骨を簡単に砕いてしまっただろう。
だが、そうはならなかった。
「やめるのだ、オーウェン」
ばさり、と羽ばたきの音が響く。
「どうも地脈がうるさいと思えば、妙なことになっている」
赤と青の鮮やかな羽根が舞う。褐色の肌が蝋燭に照らされている。
若者の形でありながら腕や脚は鳥のような姿の異形。
彼こそは中央を治める竜、太陽の竜帝である。
「父上…………っ」
「氷を解け。怒りに駆られ王国の者を殺めては、お前の愛し子も無事ではおれぬ」
「…………クソ」
オーウェンは殺気に満ちた顔のまま、忌々しげに氷を解く。鼻につく小便の臭いが、うずくまるアメリから漂っていた。
思わぬ助太刀に、腰を抜かしていた学長が助けを求める。
「こ、このままではアメリが殺されてしまう! お助けを、太陽の竜帝陛下…………」
「いや? おれは全てを知っているぞ。先に礼を欠いたのは貴様らだ。助ける義理はない」
「そんな…………っ」
「だが、人を裁くのは人であるべきだ。結末はどうあれ、な」
そう言うと、太陽の竜帝は学長とアメリを脚の爪で掴む。
「なっ!?」
「という訳だ。心の広いおれが、王城へ連れて行ってやろう」
「ちょ、待っ、お待ちください……っ」
ここから王城までは、人を乗せた竜の速さでは三日はかかる。それを、こんな不安定な状態で超上空を通って移動しなければならないとは、どれほどの恐怖だろう。
落ちればミンチどころか赤色の霧になる。
人のものとは思えない絶叫を残して、二人は太陽の竜帝に連れて行かれた。
──────────────────────
「シア…………」
ベッドに寝かされ、汗をかいてうなされているシアを見ながら、オーウェンは俯いた。あれから三日経つが、一向に容態は良くならない。
「僕は…………」
竜は未来を視る。
が、それはあくまで全ての可能性を知るだけに過ぎない。
彼はあまりにも、人間を信じ過ぎていた。
こんな愚かな行動を取る人間が実際にいるとは思わなかったのだ。
「シア…………僕は、君を愛しているんだ……」
シアの身体がアメリの声に反応したのは、単純な理由だ。
オーウェンがシアを助けるときに与えた竜気が、まだ残っていたのだ。
『歌うたい』の声は竜気に作用する。
故に、アメリの『死』の呪いが含まれた音が、オーウェンの竜気を通してシアの身体を今も蝕んでいるのだ。
オーウェンほどの竜になれば、咄嗟に呪いを拒絶することはできる。しかし、シアは自分に竜気が残っていることさえ気づいていなかっただろう。
「お願いだ、シア…………折角出会えたのに…………」
オーウェンの耳には、ずっと昔から運命の声が聞こえていた。悲しむ声も、苦しむ声も。彼女が一人ぼっちなことには気がついていた。
だから早く助けてあげたくて、仕事の合間に探し回っていた。
そして、ようやく。巡り会えたと思ったのに。
「どうしたらいい…………? 僕は…………」
「それは彼女次第だな」
いつの間にか、太陽の竜帝が隣に座っている。驚いた顔をするオーウェンに、太陽の竜帝はけらけらと喜んだ。
オーウェンが静かに尋ねる。
「あの二人は?」
「今は牢に入れられている。特に娘のほうは竜帝の前で呪いの言葉を使ったからな。重罪は免れぬ」
例え対象が違っても、アメリがオーウェンの前で竜を殺せる力を振るったことに変わりはない。太陽の竜帝はそれを突いて有罪に持ち込んだようだった。
王国での最重罪は身分剥奪の上、追放刑だ。
オーウェンとしては、今すぐにでも八つ裂きにしてやりたいところだというのに。
「シアは……どうすれば助かりますか」
「さっきも言ったぞ。この娘次第だ」
オーウェンは苦しげに目を細めた。
「シア……………………」
「そんなにこの娘が気に入ったか?」
興味深げに首を傾げる太陽の竜帝に、オーウェンは首を振った。
「僕は……恋をしたのです。僕の『歌うたい』だからではなく、彼女自身の美しさを見たから」
「ふむ…………」
ばさばさと羽を揺らしながら、太陽の竜帝は言う。
「呪いに勝つのは祝福だ。祝福になるだけの幸せを、この娘が享受してきたかどうかにかかっているぞ」
だが、三日経ってまだ死んでおらぬということは、と、太陽の竜帝はにやりと笑った。
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