第3話 いちご

「僕の『歌うたい』になってくれ」


 そう告げられてから、私は顔を真っ赤にしたり真っ青にしたり、目眩がするのを感じてしばらく口をぱくぱくさせていた。


 どれくらい沈黙があっただろう。


 返事をする前に、ネフェルリリィさんが戻ってきて食事が準備できたことを伝えた。私は慌てて体を離し、彼の顔を見上げる。


 彼はクスリと笑って言った。


「…………考える時間も必要だね」

「は、はい」


 それから連れて行かれたのは、絵画の中の貴族が使っているような大きな食堂だった。縦長のテーブルに白いクロスがかけられ、金縁の椅子がいくつも並べられている。


「さあ、朝食にしよう」


 朝食ということは、私は一晩眠りこけていたようだ。いや、もしかしたらもっとかもしれない。とにかく、夜は明けたのだろう。


 出されたのは厚めに切ったトーストと、バター、かぼちゃのポタージュ、丁度よい焼き加減のスクランブルエッグにカリカリのベーコン。さらには見たこともない赤い実がちょこんと皿に乗っていた。


「今朝の特急便で届いた、南部のいちごですよ」


 ネフェルリリィさんは嬉しそうに手を揉みながら言った。


 いちご。いちごと言うのか。


 早速食べてみたかったが、皿の位置的におそらくこれはデザートだ。後回しにする。


 口いっぱいにトーストを頬張り、思わず口元がにやけるのを我慢していると、向かいに座っているオーウェンが手を止めてこちらを見ていることに気づく。


「はも?」

「…………ふふ、かわいい」


 今の「かわいい」、絶対めちゃくちゃ弱い生き物に対して使うやつだった。上位存在怖い。


 少し自重して食べ進めていると、更に彼が話しかけてくる。


「お腹空いてるだろう、これもあげるよ」

「ありがとうございます!」


 いちごの乗った皿をするりと譲られて、私は思わず喜びの声をあげる。


 いよいよ、いちごの皿に取りかかる。


 酸っぱい…………。


 いや、甘い!


 口の中に広がる爽快な甘さ、これがいちごか。


 図々しくも、オーウェンから譲ってもらったことに安堵する。これは二粒では満足できないところだった。


 もう一度感謝の言葉を述べようと思い、顔を上げると、彼はテーブルに肘をついてうつらうつらとしていた。


 びっくりしてその顔を眺めていると、穏やかな笑みを浮かべて彼が言った。


「すまないね。僕はすぐに眠くなってしまうんだ。この山の寒さは竜には少し辛くて」


 ネフェルリリィが彼の手を取り、立ち上がらせる。どうやら寝室へ向かうようだ。どうしていいか分からなかったが、何となく後をついていった。


 先程までいた、天井の高い広間へ戻ってくる。


(ここ寝室だったんだ…………)


 ちょっと複雑な気分になりつつも、彼の様子を窺う。倒れ込むようにビロードの床へ伏せた彼は、間もなく白い竜の姿に戻る。ふわふわの羽をもぞもぞと動かして、丁度よいらしい位置に収まった。


(…………少しだけ、子守唄でも歌おうかな)


 竜に対して歌を聞かせるのはまだ抵抗があるが、歌うたいの使う歌でなければ問題はないだろう。


 傍らに座り、小さく口を開く。


「───、───────、──────………」



 太陽の竜が眠るとき


 飛竜たちが月を持ってやってくる


 羽を一つはばたかせれば


 星が一つまたたいた


 星降る夜に


 星降る夜に


 おやすみなさい 



 歌い終わる頃、オーウェンは突然首をもたげて私の服を食んだ。


「うぇ?」


 ぽふん、と置き直されたのは、和毛にこげに圧迫されるような胸元の一角。


 …………一緒に寝ろ、ということだろうか。


 次は何の子守唄を歌おうか考えながら、私はそっと彼の身体に手を添わせた。


 竜は未来を視るという。


 彼の目には、何と答える私が映っているのだろう。


 想像している間に、私も眠りについていた。

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