第5話 僕の知らない間に、可愛らしくて優秀な後輩も会社を辞めていた。
ゲナスは理解が追いついていなかった。当社、ゲナス採掘株式会社のエース社員であるルーシェがここまで激昂していることに。
「社長、それって一体どういうことですか!」
ルーシェは社長席の前に立ち、一人掛けソファに座るゲナスに言い寄る。ルーシェはこの会社の紅一点であり、同時に街一番の美人だ。ショートボブの黒髪には艶があり、緑色の瞳は見る者を魅了する。
もしも違うシチュエーションだったらゲナスも思わずドキッとしてしまうかもしれない。しかし眉間に皺が寄り、こめかみに若干青筋が浮かんでいるルーシェを見て、ゲナスは自分社長なのにも関わらず、その勢いに圧倒されてしまう。
ハルに解雇を言い渡した時とは状況が真逆だ。ハルに対してあんなに大きな口調でモノを言っていたゲナスが、ルーシェの態度に萎縮してしまっている。
しかし上に立つ者としての威厳を周りに示すように、姿勢を正してルーシェに告げる。
「ハル君には先程会社を辞めてもらった。彼は我が社には必要のない人間だと私が判断したからだ」
「どうしてそう判断したんですか!」
ルーシェはゲナスの決定に納得がいっていない。判断材料が何だったのか求めている。
「総合的に判断して、と言っても君は納得しないだろう。いいだろう、気が済むまで話してやる。まず一つ目に、彼の戦闘能力は我が社の社員の中でも下から一、二を争うほどしか無かった」
ハルは非常に使えない社員だった。シングルコンバットの戦績は社内でも最低。銃火器の扱いもロクになっていない。的に狙って撃つというのがあまりにも下手くそなのだ。生身ならともかく、戦闘面であらゆる補助をソフトウェアでやってくれるAEスーツを着て、それが並以下なのは致命傷だ。
ルーシェは何も言い返さない。最後までゲナスの言い分を聞こうというのだ。
「二つ目に、あいつは我が社の金を横領しようとしていた。まあこれは未遂で終わったが、それを許してやるつもりはない。奴には病に伏している妹がいるようだから賠償金は勘弁してやったが、そんな不届き者を置いておけるわけもないからクビにしたわけだ」
ルーシェは顔を俯き、深呼吸する。そして再びゲナスを見つめ、先程のゲナスの言い分に異を唱える。
「社長、最初におっしゃったハル先輩の実力の話ですが、あの人は実力不足どころか、名だたるアンリミテッドヴァンガードにも引けを取らない優秀なヴァンガードです」
ルーシェがただの強がりでそのようなことを言っているとは思えなかった。
「どういう意味だ?」
「ハル先輩は、第一世代のアーマードエクソスケルトンを使っていたんです」
「何だって!」
ゲナスは声を荒げた。ルーシェの言葉が何を意味するか、ボンクラ社長でも理解できた。
「そんなの自殺行為だ!」
「そうです。社長はハル先輩に自殺を強要していたんです」
「あ、ありえない。それに、うちは社員には全員第三世代型のAEスーツを与えているはずだ」
「それは社長の中で、でしょう。社長が予算を渋っているから私達の装備にはお金が回らず、スーツを一人分用意することができなかった。だから先輩は私達に第三世代のスーツを譲ってくれて、自分は外側だけ第三世代型のフレームを使った、実際には第一世代のAEスーツを着用していたんです」
人類がオルタナティブを求めて宇宙を飛ぶようになり半世紀、アーマードエクソスケルトンはそれから二十年後、つまり今から三十年程前に開発された。第一世代型はその時に出たバージョンだ。現在では第四世代型が発表され、大手の会社では既に第四世代型への換装が行われている。
第三世代型と第四世代型が主流の昨今で、第一世代型AEスーツでスプリガンと戦っていた。それは着ぐるみを着てスプリガンと戦っていたようなものだ。AEスーツは世代間でそれほどまでの性能差を有する。
ハルの成績が不調なのも納得がいく。第一世代型が第三世代型に性能差で敵うはずがない。いやむしろ成績は高いレベルだ。第三世代型の性能を基準としたノルマで、成績下位の者に喰らいついているのだから。
ハルがもし第三世代型を使っていたらどうなっていたことか、ゲナスはその想像をせずにはいられない。心ここに在らずのゲナスに、ルーシェは更に反論する。
「それと、先程社長がおっしゃっていた、ハル先輩が横領をしていたって話ですけど、多分それ他の社員が適当にでっち上げた捏造ですよ。先輩はそのようなことをする人じゃない」
「どうしてそう言い切れるんだ」
「分かるんですよ。先輩はそういう人じゃないって」
「すみません!」
ルーシェとゲナスのやり取りに割って入る者が一人。その社員の名前をゲナスは思い出せない。自社の社員にも関わらず、気の弱そうな男だなという感想しか抱いたことがなかった。
「ハル君は会社のお金を横領なんかしていません。それは僕達全員で仕組んだことなんです」
「僕達全員というのは、私とハル先輩を除いた社員全員ってこと?」
「はい」
ルーシェの問いに男は答える。
ゲナスは次々と明らかになる真実に頭の処理が追いつかない。落ちこぼれだと思っていたハルが実はものすごい実力の持ち主で、彼の不祥事が彼の以外のほとんどの社員で捏造されたものだった。自身の認識が全てひっくり返る。
「どうしてそんなことをした?」
ゲナスは当然の質問をする。周りの社員が明らかに不機嫌そうな顔をするが、男は己の罪を自白する。
「ある女が個別に僕達のところに来て取引を持ちかけたんです。ハル君をクビにさせたら大金を渡すって。僕達はその話に乗りました。そして互いに連携を取り合って、会社の資金横領をでっち上げました」
ルーシェは正直に内容を話した男を、苦虫を潰したような顔で睨みつける。
「皆、ハル先輩には少なからず恩義があるはずなのに、それを仇で返すような真似をしたのね」
ルーシェはゲナスに向き直る。どこか顔色がすっきりとした印象を受ける。憑き物が落ちたみたいだ。
「社長、私も本日付で退職させていただきます」
「なっ! ルーシェ君、いきなりそれは困るよ! 我が社でナンバーワンの実力を誇る君がいなくなるのは勘弁してくれ!」
ゲナスの狼狽する様は惨め極まり無かった。つい数時間前に自身がハルに対して行った仕打ちを自分が受けることになる。これぞまさに、因果応報だ。
「この会社で一番のエリートはハル先輩です。私は、命の恩人であるハル先輩がいたからこの会社に残っていたんです。先輩がいない今、もうこの会社にいる意味はありません」
ルーシェはゲナスの頼みをバッサリと切り捨てる。そして悪事を告白した男に顔を向け、ハルを貶めた女について問いただす。
「さっき言っていた、あなたに取引を持ち掛けた女の特徴は?」
「えっと……、確か女の割に背が高くて、金髪で、長くて、瞳が青かった。後……」
「後?」
「すごく綺麗だった」
顔がとろんと蕩けている。それほどの女に言い寄られて、すっかりその気になってしまったというわけか。ルーシェは単純過ぎるこの男に嫌悪感を抱く。気色悪いとさえ思った。
「じゃあ、私はこれで失礼します」
ゲナスの制止を振り切りオフィスを出た。ハルをクビにしたのは三時間くらい前だとゲナスは言っていた。今なら自宅にいるかもしれない。ルーシェは一度玄関まで見送ったことがあるハルのアパートに足先を向けた。
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