第4話 会社に戻ったら、会社をクビになった。
「ハル君、君はクビです」
あの敗走から一週間後、やっとの思いで会社に戻った僕に告げられたのは、ゲナス社長の解雇通達だった。
僕は驚きのあまり、声を出すことができない。オフィスの社長席の前で突っ立っている様子を見た他の社員の殆どが嫌な微笑みを浮かべている。まるで僕の不運を嘲笑うかのように。
ようやくゲナスの言葉を呑み込む事ができた僕は、当然のことを問う。
「どうしてですか?」
「どうしてって、君は先の出張で大きな失態をしたんだぞ。おまけにベスも死亡した。君の管理能力不足じゃないかね!」
小柄のゲナスは声を張り上げ僕を非難する。その時の勢いで薄い頭髪を隠すカツラが少しズレる。
ゲナスは慌てて頭部を抑え、バレバレのカツラがおかしなことになっていないか確認して言葉を続ける。
「とにかく、君のような役立たずはうちの会社にいらん!」
ゲナスはこの会社をさぞ自分のもののように言っているが、元々この会社はゲナスのものではなかった。
この会社を立ち上げたのはゲナスの叔父に当たる人だ。先代社長は相当な遣り手で、この会社を大きくしていった。フリーで活動していた僕もその時にスカウトされて、この会社に就職することを決めた。
その先代社長が病に伏して亡くなったのが一年前だ。そして唯一の肉親であるゲナスに会社の権利は全て相続されることになった。
聞いた話によると、ゲナスはろくでもない人間だったらしい。借金まみれで首も回らないような状態に舞い降りた遺産の話、当然ゲナスは首を縦に振り、先代の全資産を相続した。
そんな男に会社を経営する能力などあるはずもなく、会社の業績は傾き始めた。ろくに知識も経験も無い男の独裁的な経営態勢に愛想を尽かし、多くの社員が辞めていった。今残っているのは仕事一つまともにできないロクでなしばかりだ、一人を除いて。
僕だって何度もこの会社を辞めようかと考えたことがある。だけど最終的にはここに残る選択をした。
仮に僕が独り身だったらすぐにでも会社を辞めていたと思う。でも、僕は独りじゃない。僕には大切な家族がいる。家族の分も稼がないといけないとなると、次の就職先も不確定な状況で会社を辞めるわけにはいかなかった。
だから僕はプライドをかなぐり捨てて、目の前の憎たらしい男に頭を下げる。
「社長、クビは待ってください! 僕には養わないといけない妹がいるんです! 今回の件の損失は埋め合わせします! だから、お願いします!」
僕はフロア全体に響き渡るような大声を上げて謝った。
少し時間が経って、ゲナスが「ハル君、顔を上げて」と言う。
顔を上げる。するとゲナスは満面の笑みで、
「うん、ダメえ!」
と言った。
今回の出張で僕に非は無いと思っている。あれだけの物量で迫ってきたスプリガンを僕一人の力でどうにかすることなんてできないし、ベスが死んだのも僕が原因ではなく、単純に彼の能力不足と油断によるものだ。
普通に考えて、僕を諸悪の根源として非難すること自体間違っている。だけどゲナスは僕が原因だと決め付けている。
おそらく僕を解雇したい理由が別にあるのだ。どの社員に唆されたのかは分からないが、その理由をでっち上げるために、今回の出張の失敗を持ち出した。
ゲナスは考えを改める気が無いらしい。見たところ僕に味方する者もいないようだ。ここにいる全員が、僕がいなくなることを心の底から待ち望んでいる。
「わかりました。今までありがとうございました」
僕は自分のデスクに行き、段ボールに荷物をまとめてオフィスを後にした。
いいタイミングだったのかもしれない。あのままズルズル行ってゲナスの養分になるくらいならば、このタイミングで退職して次の道を探す。これは天啓なんだと割り切って考えることにした。
一つだけ心残りがあるとすれば、それは唯一の後輩のルーシェだ。僕によく懐いてくれたあの子と最後に挨拶できずに別れてしまうのが残念だった。
オフィスが入っていた雑居ビルから外に出る。ここにはもう来ることはない。開放感と同時に焦りが胸の内に疼く。
混沌渦巻くロストシティの中、僕は帰路についた。
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