第3話 船から脱出した。

メインゲートを封鎖してもスプリガンはわらわらと避難区画に溢れてくる。既に艦内のあらゆる場所の隔壁は閉じられているはずだが、スプリガンはそれを破り、こっちに向かってくる。


僕達はそれを迎え撃つ。僕達は後方支援に回されたヴァンガードの中では強い方だ。でなければ一番重要な脱出ポッドがある避難区画の担当に付かせてもらえない。腕前をそれなりに評価された僕達は犠牲なく、避難区画に入ったスプリガンを全て撃退できた。


「これでひと段落だな」


脱出ポッドに繋がる一本道で、数多のスプリガンの亡骸を背にして、バディのヴァンガードが言う。


「そうだな」


少しだけに肩の力を抜く。だが完全に緩み切ったわけではない。戦闘はまだ続いているし、いつどこからスプリガンが襲ってくるか分からない。


その時、僕とバディのAEスーツに通信が入る。無線の送り主は別れた二手のうち、船の護衛と脱出ゲートのスプリガンを掃討していたチームの一人だった。


『こちらAチーム。Bチームは戻って来い。船の準備が整った。お前ら二人を回収次第、脱出する』


「他の生存者は?」


「現在艦内で生命バイタルが確認できるのは脱出ポッドに乗り込めた連中と俺達だけだ」


避難区画まで辿り着けたのはせいぜい百人強。この大型船には五千人の乗組員がいた。ほとんどの人が死んだ。生存率は一割にも満たない。僕達は大敗を喫した。僕達は多くの人が無念にも乗ることのできなかったポッドへ向かう。


脱出ポッドは既に発射態勢に入っていた。エンジンが点火し、いつでも発射可能の状態だ。ポッドの入り口にいたヴァンガードが手招きする。


「早く乗れ。スプリガンが迫っている!」


確かに艦内のあちこちで爆発が起きて振動も激しい。全てのスプリガンが施設を破壊し、艦内で多数の生存者が集まっているここに向かってきているというわけか。モタモタしている時間はない。


僕達は急いで脱出用ポッドに入る。ポッドは簡易的で快適性を一切無視した構造になっている。全員が立ったままギュウギュウに押し詰められ、天井から下げられたベルドで固定されるというものだ。定員五百人だが百人程度しかいないから、そこまで苦痛ではなさそうだ。脱出ポッドは全従業員が乗れて、万が一の事態があっても対応できるように六機置いてあったが、一機で事足りる。


僕達が乗り込むと、入り口にいた一人がハッチを閉めて、操縦席に行く。レバーを操作し、外に繋がる隔壁を開放する。この地獄から逃れるための道が開けたと同時に、そこから大量のスプリガンが雪崩れ込んでくる。艦内に入り込まず、外に張り付いていた個体が入ってきたのだ。


脱出ポッドはそれらを無視して突っ込んだ。急発進したポッドは入ってきたスプリガンを轢き潰す。ポッドの強化ガラス窓が鮮血で赤く染め上がる。状況が長引くほどこっちが不利になるから、脱出を強行した。多少の損傷は致し方ないということだろう。


ポッドは勢い良く大型艦から放たれた。スプリガンを寄せ付けることなく、既にスプリガンの巣となった宇宙艦から距離を取る。


スプリガンは宇宙空間でも活動可能だが、無重力空間で自由に動ける個体は限られてくる。今回はハンターだけの構成だったから追撃を受けることはないが、他のタイプがいたら本当に逃げ切れなかったかもしれない。


「本当に今回は運に恵まれたな」


隣にいるバディがそう話しかける。


ポッド内の酸素供給システムが作動したから僕達はAEスーツのヘルメットを脱ぐ。お互い今回の作戦でバディを組み、共に背中を預けて戦ったのに、ここまで互いの顔を知る事がなかった。


男は僕と同じ歳くらいの青年だった。伸ばしている僕とは違って短髪で金髪の彼は、たまたま一緒に仕事をすることになった僕に積極的に話しかけていたところから、僕とは違って明るく人望がある人なのだろうなと思える。


「前にどこかで一緒になったことはあるか?」


「いや、無いと思う。あったとしてもお互いヘルメット付けてるから誰だか分からないだろう」


「それもそうだな」


同年代のヴァンガードは珍しい。ヴァンガードの殉職率は高い。それも経験の浅い新人が初陣でスプリガンの物量を見誤り戦死するケースが非常に多い。だから僕達のような比較的若く、場数を踏んでいるヴァンガードが結構珍しかったりする。僕も同年代の知り合いは一人しかいない。


「リックだ」


彼はそう言って右手を出す。握手を求めているのはすぐに分かった。僕は一瞬戸惑いながらも同じ手を差し出す。


「ハルだ」


僕達は親睦の印に手を交わす。僕が今回の出張で得られたのは、貴重な同年代の友人一名と、会社からの解雇通知だけだった。

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