もう一つの物語 2023/10/29

『よう、オレ。元気か?』

ラインで写真と一緒にメッセージを受信する。

写真はコスプレした家族写真である。

「いいなぁ。僕も池袋のハロウィン行きたかったよ。ボクよ、呪われてしまえ」

俺は、恨みがましくメッセージが返す。

『仕事って言ってたな。頼られる男は大変だな』

相手の返信にちょっとイラッとする。


僕のことを“オレ”と呼び、僕は向こうを“ボク”と呼ぶ。

変な関係だが仕方がない

だって彼は僕の“ドッペルゲンガー”だから。


出会ったのは大学生、卒業旅行の時。

何の前ぶりもなく、ばったり出会った。

これはもう死ぬと直感で感じ、お互い猛ダッシュで逃げた。

そうお互いに。

あちらもヤバいと思ったとあとから聞いた。

向こうも僕のことをドッペルゲンガーと思ったそうだ。

お互い死にたくないので、友人を介し連絡先を交換し、連絡を取り合って出会わないように調整している。


それ以外にも、色々話し合った。

姿以外にも趣味やクセ、好きなアニメは全部同じだった。

違うところもある

もう一人のボクは売れない作家で、僕は会社勤めのサラリーマン。

僕も作家になりたかったが、才能の限界を感じ大学生の時筆を折った。

その選択に後悔はない。

でも彼の方はあきらめずに頑張っているらしい。


つまり彼は、もしあの時違う選択をしていたら、というIFの自分である。

なので身の上を話し合ってると、僕にあったかもしれないもう一つの物語を聞いているような、奇妙な感覚になる。


『オレよ。仕事ばっかしないで家族サービスしろよ』

「分かってる。ボクも遊んでないで仕事頑張れ」

『うるさい。今この瞬間が大事なんだよ』

というメッセージを送ったっきり、反応しなくなった。

いつものやり取りである。


ふと仕事机の上に立ててある写真をみる。

僕が写った家族写真だ

この写真を見るたびに、人生は面白いものだと感じる。


実は、もう一人のボクと同じことが一つある。

それは家族である。

どういう理屈か知らないが、“僕”の妻と子は、“ボク”の妻と子と、ドッペルゲンガーの関係にあるらしい。

あまりに似ているので、会わせてみたら案の定である。


あの時はお互い大笑いし、お互い説教食らった。

やり過ぎと言われれば、たしかにそうだ。

だけどホッとしたこともある

だってそうだろう。

僕と妻と子の間には、彼女たちに出会わないという、もう一つの物語なんて存在しないんだから。

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