暗がりの中で 2023/10/28

月の出ない夜更け、使われなくなって久しい廃工場で、たくさんの動くものがあった。

タヌキである。

彼らは、暗がりの中にも関わらず、俊敏に走っていた。

工場内は暗く、窓から差し込む街灯の光しかないが、彼らにはそれで十分だった。

夜目がきかない人間ではこうはいかないであろう。

タヌキたちは工場の真ん中ほどまで進み、そして停止した。

タヌキたちの視線の先には影が2つ。

影の正体は人間である。

背が高い女と背の低い男の二人。

人間たちは無表情でタヌキを見ていたタヌキたちと人間は睨み合う。


「ブツは?」

タヌキが人間に問いかける。

「ここにある。おい、そのカバンの中を見せてやれ」

背の高い女が、背の低い男に命令する。男は黙ってカバンを開ける。

その中にはたくさんの葉っぱが詰まっていた。

「最高級の柏の葉、10キロ。確認しろ」

貫禄のあるタヌキが前に出て、カバンの中を覗く。

「確かに。今までのものの中で一番良いものだ」

タヌキは笑みを浮かべる。

「素晴らしい。想像以上だ」


タヌキは変身する時に葉っぱを頭に乗せる必要がある。

葉っぱの良し悪しによって、変身の精度がかなり変わるのだ。

もちろん、普段は最高級品など使わない。

しかし日本中からタヌキが集まるイベント、ハロウィンがある。

そこで全力で化け物に化け、変身の技を競い合う。

去年は他のムレに王者の地位を奪われた。名誉を取り戻すために、妥協は許されない。


女は、タヌキたちが騒めく様子を見ながら、冷めた口調で言う。

「当然だ。次はお前たちの番だ。対価は?」

そう言うと、群れから一匹のタヌキが出てきた。

そのタヌキからはオーラのようなものを感じ取れる。

只のタヌキではないのは明白だった。

「一ヶ月、という約束でよろしかったかな」

貫禄のある、タヌキが言う。

「ああ、問題ない」

女は答える。

「では取引成立だ」

そういうとタヌキたちは、一匹を残し闇に消えていった。


「では、こちらも帰るか」

二人の人間と一匹のタヌキは、タヌキたちと反対の方へ向かう。

工場に出て、外に止めてあった車に全員乗りこむ。

男が運転席に座り、車を発進させる。

「では、目的地につくまで、詳しい仕事内容を教えてもらおうか」タヌキが言う。

「ああ、事前に伝えた通り、忍者たちの変身の術の講師をしてもらいたい」

「人間の身で変身とは大したものだ。厳しくしていいんだな」

「残念ながら、最近厳しくしすぎると怒られる。ほどほどで頼む」

「人間は大変だな。いや、俺たちもか」

タヌキは、名誉挽回といって燃えていた仲間たちを思い出した。

「一ついいかな」

女がタヌキを見ながら話しかける。

「これはプライベートなお願いごとで、報酬も別に支払う」

「なんだ。言ってみろ。化かしたいやつがいるのか」

女が首を振る。

「触らせてくれ。そのモフモフ、ずっと気になってたんだ」

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