声が枯れるまで 2023/10/21

僕は登山が趣味である。

山を登頂したあとは必ず行うことがある。

「ヤッホー」

そう山彦である。

せっかく高い山に登ったのだから、これをしないのはマナー違反であろう。


しかしその日はおかしかった。

山彦が帰ってこないのである。

「ヤッホー」

もう一度、大声を出してみる

やはり山彦が帰ってこない。

信じられないことだった。


確かに場所によっては帰ってこないこともある。

しかしここはヤッホーポイント百選に選ばれた場所だ。

少しの間思案する。

山彦の調子が悪かったのかもしれない。

もう一度すれば、きっと返してくれるはず。

そう思って息を大きく吸った時、突然肩を掴まれる

驚いて後ろを振り向く。


そこにはガタイのいい中年の男性がいた。

「止めな、坊主。無駄だよ」

その男性は諭すように言う。

「あなたは?」

「俺か?俺はこの山の管理人だ」

男性の方に向き直る。

「何かあったんですか?」

「ああ、ヤマビコ様の喉が潰れたんだ」


男性の発言に耳を疑う

「待ってください。神様が返すというのはおとぎ話です」

「カモフラージュというやつだ。信じられないのは分かるが、実際に山彦は帰ってこないだろう?」

ありえない話なのだが、実際そうなっている。

もしかして本当の話なんだろうか。


「続けるぞ。最近ヤッホーポイント百選に選ばれただろ。それで人が増えたんだが、ヤマビコ様は律儀な方でな。たくさんの山彦を返して、声が枯れるまで返し続けてドクターストップ、というわけだ」

「そんな。僕らは無理をさせていたんですか?」

「ヤマビコ様も、人が増えて喜んでいたんだがな。まあ、何事もほどほどが一番というやつだ」


僕は男性に別れを言い、下山していた。

冷静になってみると自分は騙されたんじゃないかと思い始めた。

だが彼が騙す理由と、山彦が帰ってこない理由が分からなかった。

色々考えていると、前の方から老人が歩いてきた。

足取りがしっかりしていて、山登りの経験の多さを物語っている。

「こんにちは」

挨拶をすると、老人の方も笑顔で手を上げて返す。

そうしてすれ違った瞬間。

「ヤッホー、ヤッホー」

かすれた声が聞こえた。

驚いて振り向くと、さっきの老人はどこにもいなかった。

なるほど、律儀な神様である。

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