踊りませんか? 2023/10/04

定年後の趣味である詰み将棋をしていると、妻が部屋に入ってきた。

「踊りませんか?」

「分かった」

妻の突然のお願いに、自分は即答する。

妻は踊るのが好きで、よくこうして誘ってくる。

「今日は月が出て明るいから庭でやろうか」

そう言うと妻が頷く。


庭に出ると、いつものように体を寄せる。

頬と頬が近くなり、相手の呼吸の音が聞こえるほど密着する。

いわゆるチークダンスである。

特に合図もなく、体を揺らす。

音楽はなく、強いて言えば虫の声に合わせて踊る。

踊る間は会話はしないのが暗黙のルール。


しばらくして、自然と離れる。

ダンスは終わりである。

家に戻るため、玄関の扉を開ける。

玄関に戻ってから、私から会話を始めるののも暗黙のルールだ。

「何かいいことあったか?」

すると妻は驚いた顔をした。

「よく分かりましたね。ええ、育てていた花が咲きました」

「お前のことなら何でもわかるさ。見に行ってもいいか」

「ええ、いいですよ」

靴を脱ぎ、そのまま妻の部屋に向かう。

「しかし、お前は本当に踊るのが好きだな」

何気なく言うと妻は驚いた顔をした。

「あらやだ、私のこと何にも知らないのね」

今度は私が驚く番だった。

「好きじゃないのか」

思わずそう言うと、妻はイタズラが成功したような顔をして言った。

「踊るのが好きじゃないの。あなたと踊るのが好きなのよ」

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