陽一との決別、深矢の決意

 店を出た深矢は携帯を取り出し、通話履歴の一番上の番号に電話をかけた。


「よう、由奈」

『あれ、なんかいい事あった?』

「分かるか?」

『うん。声が清々しいからね』

「……清々しい、か」


 ポケットから、一枚の写真を取り出す。

 圭との写真だ。


『あ、そうだ。今深矢の家にお邪魔してるんだけど、このビニール袋は何が入ってるの?なんか不自然。爆弾解体した部品……でもなさそうだし』


 どうやら、勝手に不法進入を許してしまったらしい。

 それを言ったところで「鍵なんて建前と一緒だよ」なんて返されることは目に見えているから言わないが。


 ——これが普通の世界に、深矢はいるのだ。


 苦笑しながら、圭の遺品を不審物扱いする由奈に注意した。


「それ、捨てるなよ。大事なものなんだ」


 帰ったら、圭の遺品を整理しよう。整理して、押入れの中にでもしまっておこう。

 当分、田嶋陽一とはおさらばだ。沙保とも、もちろん松永とも。


 これからは秋本深矢として生きていくのだ。田嶋陽一の記憶と付き合いながら。


 工作員スパイとして、向き合うべき問題——三年前の事件に立ち向かおう。


 深矢は目上に圭との写真を掲げた。


 いつか。

 深矢が強くなったその時は。

 身の回りの大事なモノを守りきれるくらいに強くなったその時は。


 圭の前で、本当の事を話そう。


「初めまして」と、本当の名前を名乗りに行こう。

 お供え物に、どこかでくすねたお宝を持って。


 それが出来る頃にはきっと、全ての問題が片付いているはずだ。


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