第4章
謹慎明けの男
謹慎期間がついに明けたその日。深矢は梟の事務所に顔を出した。
団長は何故か上機嫌だった。
なんでも、任務のことで
その様子からするに、深矢の脱走のことはバレていないようだった(当たり前だ。)
団長は愉しそうに椅子の上で回りながら、深矢に鍵を差し出した。
「君に謹慎処分後初任務を与えようじゃあないか。店番をつつがなく執り行うこと。いいね?」
——何が任務だ。
仕事を押し付けたいだけだろ、と内心ため息を吐きながら、差し出された鍵を受け取った。
隣を見ると、朱本に鋭い視線を向けられていた。
大人しくしていなさい。
その表情にははっきりとそう書かれていた。
これ以上問題を起こさせないため、何が何でも理由をつけて縛り付けておきたい。朱本の考えはそんなところだろう。
——だが。
「そんなつもりはないんだろ?」
海斗が見透かしたように笑った。
開店準備中、海斗が不意にやってきたのだ。
「もちろん」
深矢はニヤリと笑って海斗の隣に腰掛けた。
言われた通りにするつもりはない。
まだやり残したことがあるのだ。
「それで、お前の方から現れたってことは……頼んでたことが調べついたのか?」
「そ。出所祝いに事故処理班についての情報をプレゼント。気が利いてるだろ?」
ただし、と海斗は前置きをしてから、真っ直ぐな視線を深矢に向けた。
真正面から見つめられると、心の内を見透かされている気分になる。
「一人で三年前の事件を追うのはやめろよな」
「……お前の千里眼には敵わないな」
何かと厳しい立場と状況だ。一人の方が動きやすいと思い、どこかで説得して引き下がってもらうつもりだったのだが。
「こんなの千里眼でもなんでもねーよ。大体深矢お前はな、単独行動が過ぎるんだ。周りの人間を利用するってことをしろよな。それにこんなに敵味方分かりやすい有能な奴もいないだろ?」
自分で自分のことを有能という辺りが海斗らしい。
仕方なく深矢は諦め、今持っている情報を全て話した。
カメレオンのこと、彼が遺した『影』という言葉、『組織の権力者』という言い回し——蔵元のことは伏せておいた。何と無くだが——夢に出てきた事故処理班についても。
『組織の権力者』という言葉に、海斗は怪訝な顔をした。
「あの事件、海斗が思う以上に闇深いぞ」
「まぁ事故処理班について調べた時点で察しはついてるよ」
「となると、何か分かったのか?」
聞くと、海斗は怪訝な顔のまま頷いた。
「三年前の事件の直後、事故処理班の一部が入れ替わったんだ。その中に『影』というコードネームの奴がいた」
——それだ。
「そいつは今どこに?」
「そこまでは分からなかった。けど、恐らくSIGを抜けたか、工作本部所属でどこかに長期的に潜入しているかの二択だろうな」
長期的な潜入。元事故処理班。
深矢の脳裏で、二つのことが薄く繋がった。
拝島だ。
「……そうか」
深矢は頭を整理しながら言葉を零す。
「松永の可愛がってる部下に、拝島って男がいる。この間松永の事務所に忍び込んだ時、そいつと鉢合わせたんだ」
「はぁ?!深矢お前、早く言えよ!それじゃ計画が……」
「拝島は俺に、監視に連絡するぞって脅してきた」
勢いで腰を浮かせた海斗がピタリと止まる。
「拝島はSIGの構成員だったんだ。それも事故処理班と繋がりを持ってる」
「それはつまり……」
海斗の目がみるみるうちに丸く見開かれる。
「その拝島が、『影』の可能性は高い……!」
深矢は神妙に頷く。
「そうとなったら何としてでも話を聞こう。けど待てよ?SIGの任務中ってこた、松永組を潰すのはヤバいんじゃ……」
海斗が伺うような視線を深矢に向ける。
「遅かれ早かれ松永組は消される予定。拝島はそう言っていた。だったら誰がやっても同じだろ」
全く動じない深矢に、海斗は引きつった笑みを浮かべた。
「穏便に済ませる気はないんだな」
「松永を潰すことと、事件の真相とは別の話だからな。降りたかったら降りてもいいぞ」
「バカ言え」
海斗に肩を小突かれる。その目は嬉々としていた。
「あの事件の事を知りたいのは深矢だけじゃないんだよ。茜には俺から話しておこう」
そこで茜の名前が出てくるのは意外だった。それを汲み取ったのか、海斗は得意げに笑った。
「面倒くさがってるように見えるだけで、茜も本当は知りたがってる。何せ俺らは蚊帳の外だったからな。茜もそういうのは気になるタイプだ」
全てお見通しだと言わんばかりの口調だ。
「さすが、茜のことは何でも分かるんだな」
からかいたくなって言うと、海斗は即座にふて腐れた。
「……そりゃお前よりはよく知ってるよ、何が言いたい」
思った通りの反応に、深矢は思わず吹き出した。
「お前の弱点は分かりやすい」
るせーよ、と海斗に睨まれる。しかし今睨まれても何の威嚇にもならない。
「そんなことより、由奈には深矢の方から連絡しとけよ!連絡先は聞いてあるんだろ?」
「もちろん、そうするよ」
「ついでにデートにでも誘ってみたらどうだ?」
仕返しのつもりなのだろう。海斗の卑しい表情で分かる。
「からかうな……って言いたいところだが、もうその話にはなってるんだ」
片眉を上げてみせると、海斗はつまらなさそうに唇を尖らせたのだった。
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