弱者、強者Ⅲ
——時刻、23:45:13——
海斗はその時間を測っていた。
格好はタクシーの運転手のまま、『迎車』とだけ表示を変えてある。
17分と52秒後、茜は乗ってきたタクシーに戻ってきた。
「お疲れ。結構かかったな、どうだった?」
海斗は帽子を取って、運転席からルームミラーで茜を見た。
茜は心底怠そうに、長いため息を吐いて鏡越しに海斗を睨んだ。
「あんた、私がああいう人種嫌いなの分かって向かわせただろ」
「その事も含めて、茜が適任だと思ったんだよ」
海斗は撮った写真を確認し、満足そうに頷いた。今野が床に落ちた乾燥大麻をポケットにしまう瞬間、そしてタクシー内で掲げて見せる姿だ。
どちらも事前に隠しカメラを設置し、遠隔操作で狙って撮った。乾燥大麻の袋を落とした位置も、店の前にちょうどタクシーが止まっていたのも計算上のことである。
今野は気付きもしないだろうが。
「それで、17分もかけて何してたんだ?女の子達逃してたのか?」
茜は投げやりな表情で窓の外を見つめた。
「……逃げたかったら逃げてるんじゃない。あの子達を縛り付けてる物理的なモノは壊してきたから」
鎖とか、カメラとか、ビデオとか。
そう呟く茜は分かっているのだろう。
あの場に閉じ込められていた彼女達を本質的に縛っているものは、心理的な何かだということを。
それは、一度踏み込んだだけの茜には取り外せない鎖だ。
茜は強い。力もある。茜なら、力ずくで彼女達を外に出すこともできただろう。
しかしそうしたところで、彼女達が本当に救われるわけではない。結局は行き場のないまま、元の場所に戻るのがオチ。
この世界はそういう弱者をすぐ利用したがる。
そして茜は、強さと賢さを持つ茜は、弱者を救えないことに対する不甲斐なさを仕方ないと諦める。
出来ることはやったんだろ、と淋しげなその背中を励ましたいが、茜はそんな言葉を望んでいない。
「まぁ、今野が大麻を握ってる写真も指紋も取れたし、あとはそれをマスコミと警察にリークすりゃ、芋づる式でこの店も表沙汰になるだろ。そしたら何か変わるかもな」
こう言っても、茜の反応はイマイチだ。
だから海斗は話題を変えた。
「そうだ茜お前、偽名に人の姉貴の名前使うのやめろよな。悪寒が走る」
「……オマージュだよ。ああいう色仕掛けにはルナさんがいい手本だから」
「それはまぁ……否定できないけど」
「だろ。あー、久しぶりに顔見たいな。早く帰って来ねぇかな」
「やめろ姉貴が帰ってくるなんて地獄でしかない」
「そういう割には情報のやり取りしてんだろ、仲良いじゃん」
「向こうが情報教えたがるんだよ!くっそ、そのくせ見返り求めるってどんな神経してんだあいつ……」
姉がそう言いだすことは予想していたが、相当な見返りを求めるとは思っていなかったのが本音だ。
海斗が運転しながらグチグチ言っていると、機嫌を直したらしい茜が、後部座席で小さく笑って身を乗り出した。
「それで?由奈の方はどうなってんの?」
そう聞かれ、海斗もニヤリと笑ってみせる。
「もちろん順調だよ。深矢の奴、思った通り度肝抜かれたってよ」
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