考えの浅い愚か者達Ⅱ

 次の日、都内でトラックの横転事故が


 トラックから漏れ出たガソリンが引火し、下敷きになった通行人は焼死体として見つかったという。


 その通行人は、持ち物から奥本圭と判明した——


 ***


 その日は久々に、あの日の夢を見た。


 夢というには現実的で、昔にタイムリープしているような感覚の夢だ。


 が起きたのはちょうど今と同じような時期で、でも今と違って、自分には何でもできると思い込んでいた。


 自分には才能があって、他の人間とは違う生き方をしていると。

 そんな青二才な頃の、過信が崩れる瞬間の夢。


 気付くと小さなホールに深矢はいて、暗い観客席から舞台を見上げていた。

 隣を見ると、同じように無心に舞台の一点を見つめる由奈がいた。


 深矢の視線に気付いた由奈が、ん?と小さく首を傾げる。


 何でもない、と頭を横に振って視線を戻す。


 照明に照らされた舞台の上では、壮年の男が一人マイクを持って淡々と話している。


 前代の大学長ボスだった。


 警備の任務は退屈なものだ。特に講演中の人の動きが目立つ空間では。


 ただでさえこのホールの出入り口にはそれぞれ警備員が待機しているし、舞台袖にはスタッフに紛れてプロの工作員スパイが数人待機している。深矢達と同じように聴衆に紛れているのも数人いるはずだ。


 こんな中で何かが起きる訳がない。

 初めてフィールドワークとして組織の任務に就くと聞いて期待していたのに。


 なんて簡単で退屈な任務なんだろう。


目を細めるとともに視線を落とす。

その視線を上げると場面が変わっていて、赤い絨毯の敷かれた廊下にいた。


 隣に由奈はおらず、一人でどこかに向かって歩いていた。

 急いでるわけでもなく、暇つぶしに歩いているわけでもなく。


 どこに向かおうとしていたんだっけ。

 とにかく、任務中の単独行動はよくない。


 そう思い、由奈がいるところに戻ろうと振り返る。


 すると突然、首筋に衝撃が走った。

 何かは分からない。誰かも分からない。


 だが瞼の裏にフラッシュのような火花が散って、

 世界が真っ暗になった。


 次に目を覚ますとまた場面が変わっていて、

 深矢は冷たいコンクリートの上に俯せになっていた。


 右手に違和感を覚え、見ると何故か拳銃を握っていた。

 自分のではない。


 そして前に頭を上げると、男が一人同じように横たわっていた——大学長ボスだ。

 その体からは、赤い液体が流れ出ていた。血だ。


 状況が何かを物語っていた。


 この拳銃は、大学長ボスを撃ったものだ。

 でもどうして俺が持っている?


 気付くと周りは黒い人影に囲まれていて、言葉のない雰囲気に圧迫された。


 何を言っても通じない。むしろ何も言わせてくれない。


 迫る人影の中から一人が出てきて、深矢を冷たく見下ろし、何か言葉を発する。


 いつもはそれが聞き取れないのだが、その日は聞き取れた。

「——事故処理班だ。お前の犯行だな」


 そこからはいつもの悪夢に戻った。

 違う、と叫んだが届かない。


 それどころか急速に地面に吸い込まれるような感覚に襲われ、蟻地獄のように深矢の身体は沈んでいく。


 周囲の人影が遠のいていく。

 不意にその中に由奈の姿が見えた。

 由奈だけではない。海斗や茜の姿もある。


 手を伸ばすも身体はみるみるうちに沈み、反対に由奈達は遠くに消えていく。


 全てが呑まれた時、周りは暗闇に覆われ、深矢は独りになっていた。

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