第3章

考えの浅い愚か者達


 SIGの絶対原則に、こんなものがある。

 『組織に関する情報は例外なく秘密である。』

 そして青嶋学園ではこう教えられていた。

 『不用意に一般人を任務に巻き込むな。』


 これは組織の存在、そして工作員スパイの存在を広めないためだ。


 もしこれを破ることが起きた時——

 最悪の場合、組織の情報を知った者は抹消されなければならない。


 今回は、その『最悪の場合』だった。



 ***



「二日と経たずに査問委員会が招集されるとはな。君には脱帽するよ、全く」


 大学長ボスがやれやれとため息混じりに言った。それは深矢も同意見だった。しかし反応するだけの余力ももはや残っていない。


 SIG本部の地下会議室。深矢はそこで、漆黒の空間に一人立たされていた。目の前に座り深矢を睨むのは前回と同じ顔だ。団長も最初からいた。それが事の重大さを物語っているようだった。前回よりもずっと強い圧迫感に襲われ、深矢は既に生気を失っていた。

それまでの間に長い時間尋問されていた、というのもある。しかし、それ以上に——


「今回の事は組織の秘密性を脅かす事件だ。幸い、武器取引をしていた連中には知られる前に事故処理班が間に合ったそうだが、その場にいた一般人には知られてしまった」


 大学長ボスの鋭い視線が深矢を刺す。港での圭の不安そうな様子を思い出し、深矢は逃げ場もなくただ俯いた。

 大学長ボスの隣に座る監察官が手元の資料を読み上げる。


「その一般人の名前は奥本圭。志岐大学に通う二十歳で前科は無し」


 そして顔は動かさず視線だけが俯く深矢に向けられる。


「しかし『田嶋陽一』という男と、富裕層を標的とした空き巣及び窃盗を日常的に働いているとのことです。またその『田嶋陽一』と名乗る男は指定暴力団松永組と協力関係にある、と事情聴取で述べています」


「そして、その『田嶋陽一』とは君がここ三年程の間使っていた偽名だな?」


 はい、と深矢は暗い声で返事する。今更偽ることなど出来なかった。


 港で拘束された圭は、事故処理班に引き渡され深矢とは別の場所で事情聴取を受けている。それも事情聴取とは名ばかりの、拷問かもしれなかった。


 事故処理班の手法は非道を極める、と三年前の事件の事情聴取で聞いたことがある。


 圭はきっと、訳も分からず過酷な拷問を受けているのだ、深矢の所為で。そう考えただけで心が痛む。心臓に刃物を突き立てられているような、そんな気分だ。


「特殊部隊班長、君が挙げた調査報告書には指定暴力団など一言も書かれていなかったが……それは調査不足ということかね?」


 その場の視線の矛先が団長に向く気配がした。深矢は視界の斜め上で、一番端に座る団長がニコリと笑うのを見た。薄っぺらい、嘘くさい笑顔だった。


「あの調査報告書は、三年間に渡り私自身が観察し調査したものです。それでも暴力団との繋がりを見抜けなかった、ということは、彼や松永組が外部に対しよほど慎重に隠蔽していた、ということになります。そう考えると、松永組の脅威性は格段に上がるのでは?」


 団長は本当は知っていたのではないだろうか。

 嘘くさい笑顔と言葉に、そんなことを思った。

 だがこうなった場合を考え隠しておいた。それは自分が言い逃れできるように、だ。団長ははなから深矢に味方するつもりなどなかったのだ。圭がどうなるかも分かっていたはずだ、なのに——


 深矢は憎しみ混じりに何食わぬ笑顔の団長を睨んだ。しかしそんな自分も惨めだった。結局は深矢の所為なのだ。


「その松永組については只今調査中です。しかし反社会的組織であることは間違いないでしょう」


「つまり君は組織に隠れて反社会的組織と繋がりを持っていた、というわけだ。組織に嘘を吐くということの意味が分からない馬鹿ではないだろう」


 組織への隠蔽工作。それは時に組織への裏切りを意味する。今回はそこまでいかずとも、深矢を危険分子と判断するには十分な情報だろう。これで深矢に対する組織の信頼はなくなったに等しいのだ。


 ……もはやこの際、信頼なんてどうでもいいのだが。


 何も応えない深矢を見て、大学長ボスは追及は終わりだと合図するように手元の資料を脇に退けた。それを受けた監察官が一つ咳払いをする。


「情報漏洩及び組織への身分詐称の処分として、秋本深矢に一週間の謹慎を課そうと思います。異議はありますか」


 一週間の謹慎。組織の信頼を失った代償はそんなものか。なんて軽い罰だろう。圭が今現在、理不尽に受けている拷問に比べれば——


「異議ではありませんが、監視はしっかり付けておくべきでしょう。何せ脱走の名人ですからね」


「分かりました。では監察課の方で監視の下、一週間の謹慎処分とします」


 自分への罪なんてどうでもよかった。圭の身がどうなるのか、それだけが知りたい。


 査問委員会は以上とします、と告げた監察官に対し、深矢は声を絞り出すようにそれを尋ねた。


「圭は……今回俺が巻き込んだ一般人は、どうなるんですか」


 お前の知る事ではない、とでも言うように冷たい目を向けた監察官を、大学長ボスが止めた。

 その瞬間、深矢は聞いたことを後悔した。直感的なものだが、大学長ボスの言葉を聞きたくなかった。耳を塞ぎたかった。


「……奥本圭は知りすぎた。反社会的組織の干渉もあり野放しにするには危険な状態だ。彼は事故処理班が『処分』する」


 ——ごめん、圭。


 謝っても謝りきれるわけがない。

 圭の底抜けの明るい笑顔と、港での不安そうな顔が頭を巡る。それと大好きな妹の沙保の姿と、沙保といるときの穏やかな笑みも。


 圭は殺される。

 もう二度と圭には会えなくなるのだ。

 それは全て深矢の所為であって、圭はただ巻き込まれただけ。何も悪くない。


 その罪はどう償えばいい?圭は唯一の親友だった。それを自分の身上が原因で失くすなんて。しかも本当のことは何も話せないまま。


 一週間の謹慎なんて軽過ぎる。

 あいつが死ぬべき意味なんて、どこにもないのに——

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