ストーカーならお好きにどうぞⅣ
陽一は中々話を切り出そうとしなかった。
しかし圭は気にしていなかった。陽一は今までにもそういう素振りを見せたことがあったからだ。
一番多かったのは、仲良くしたての頃。ちょうど三年前くらいだ。遠くの空を見ながら寂しそうな顔をしていることがよくあった。
それからも毎年この時期になると切ない表情を見せることがある。つい先日、盗みに入って追っ手から逃げた後もそうだった。
理由は知らない。聞いてもいつも話を逸らされる。
だからもう聞くのはやめた。
話を逸らすのは話したくないからだろうし、無理矢理聞き出すのもよっちに悪い。よっちが話そうとしないなら俺は知らなくてもいいことなんだ。
そう思って今日に至る。今隣にある浮かない顔もいつものやつだ。
秘密基地の場所に着き、深矢に続いて圭も部屋に入る。そして狭い室内で頭を突き合わせるようにして向かい合って座る。
そこまではいつも通りだった。
それは唐突にして衝撃すぎる提案、むしろ指示だった。
「裏仕事をやめようと思う」
なんで?と疑問で頭が埋まるのと、さっき授業中に考えていたことが頭に浮かんだのは同時だった。
『尾けられてる』
そう神妙な顔をしていた、先日の裏仕事のことだ。
圭は問いただしたいのを堪えながら、慎重に言葉を選んで質問した。
「……それって、こないだのと関係あんのか?その、尾けられてるって……」
陽一が静かに頷く。圭を真っ直ぐに見つめるその表情は、いつも真面目な話をする時のものと同じだった。
「やっぱ……警察……?」
恐る恐る聞くと、陽一はもう一度頷いてから少し笑顔を浮かべた。
「大丈夫、ただの安全策だから」
どうやら緊張の走った圭を安心させようとしてくれたらしい。気付けば、手に汗がびっしょりだった。
悪い事をしている自覚はもちろんあった。だから警察に見つかるとなるとやはり怖い。
大丈夫、と陽一は小さく笑みを浮かべて繰り返した。
「多分、この間の地主の隠し金庫の仕事で警察が動いたんだ。で、捜査してる内に気付いた。隣町のあの一帯で盗難が多発してることに。遅いよな。俺らがあそこを
陽一はそう言って笑いを誘う。圭も笑おうとしたが、上手く笑えなかった。
それを見て悟ったのだろう。陽一は言い聞かせるように、穏やかな声で言った。
「……けど大丈夫だ。俺らと事件を結び付ける証拠なんてないから」
だろ、聞かれて頷く他はない。作戦の立案にしても実行にしても、いつだって陽一の言うことが間違っていたことはないのだ。
「だから警察の目はすぐ他に移る。今は変に動かないほうがいいんだ」
陽一は圭の知らないことを知っていて、圭に見えない物が見えている。警察の動きだって、圭にはさっぱり分からないが陽一には手に取るように推測できるのだ。
だが『裏仕事をやめる』のが正解だとしても、なぜその答えに辿り着くのか、その『解法』が圭には分からない。
「それだけ……ってのもおかしいけど、警察がオレらのこと忘れるのを待つだけなんだよな?仕事をやめんのは大袈裟なんじゃねーの?」
すると陽一は言葉を掘り出すように一瞬視線を落とした。
陽一の顔が照明の陰になる。
「……圭は、全くの犯罪者として生きる度胸と覚悟はあるか」
陽一の顔には今の今までのような笑みは浮かんでいなかった。こんなにも真面目な陽一は初めてだ。今の陽一は少しだけ、怖い。
「度胸も覚悟もなにも……よっちと一緒に裏仕事してんだから、俺だってすでに犯罪者だよな?」
「けど、どっぷり浸かってるわけじゃない。裏の人間にだって関わったことがないだろ」
「それって松永の親父のことか?あれはよっちが、会わせようとしないだけで」
「会わせたくないからな。奴らと知り合って、仕事で失敗でもしてみろ。脅しに使われるのは沙保だ」
沙保、と言われて言葉が出てこなくなった。自分のせいで沙保が危険な目に遭うと考えると、恐ろしい。
陽一は圭の反応を見てからさらに畳み掛けた。
「それにこの先裏仕事を続けていって、警察に捕まったらどうする?沙保は犯罪者の兄を持つことになる。沙保だけじゃない。家族にも、周りの人間全員に迷惑がかかる」
反論はできなかった。陽一の言うことは全て正論だ。だがここにきてもっともな正論を言われても、頭が足りない自分は腑に落ちない。
何か言おうと陽一の顔を見たが、その顔にはなぜか暗い表情が浮かんでいて、圭は戸惑った。
淡い影に佇む陽一が遠い存在に思える。遠くて近付けない、近付こうとすると怖くなる。
——どうしたらいいんだ?
このまま陽一の言う通りにしたら、一生の別れになる気がした。大袈裟にではなく、そんな直感だ。
何か言わなくては。
「今がやめ時なんだ」
先に言葉を発したのは陽一だった。切なそうな寂しそうなセリフに、やはり別れを告げられた気持ちになる。
「……裏仕事やめたとして、よっちはどーすんだよ。松永の親父に追っかけ回されるかもしんねーぞ」
「平気だよ。最悪、圭をだしにされても助ける余裕くらいある」
そう言い切って不敵に笑う陽一はいつも仕事を持ち出す時の自信に満ちた表情だった。それでも、圭は心の隅にモヤモヤとしたものを感じていた。
なぁよっち、とモヤモヤを探り出すように圭は唸った。
「……気のせいだと思うんだけど、裏仕事やめたらもう一生よっちに会えないとかって、ないよな?」
陽一の反応を伺い見ると、陽一は一瞬驚いてから小さく吹き出した。
「なに可愛いこと言ってんだか」
そう笑って、やや間を空けてから微笑んだ。「……大丈夫だよ」
——よっちが言うなら、大丈夫だ。
よっちが今まで言ったことに、選んだことに、間違ったことはなかった。だから今回だって正しい。絶対に。
——そう信じるしかないんだ。
圭の納得したような表情を見て話は終わりと悟ったのか、陽一が腰を上げた。
「先に帰っててくれ。俺は郵便局行ってお金下ろしてから帰るから」
そう言って圭に向かって家の鍵を投げ渡し、秘密基地から出て行く。
「おう、分かった」
圭も直ぐに立ち上がり、その後ろ姿を追いかける。
陽一が建物を出て右手に行ったのを見送り、圭は反対に左手へと進む。
大丈夫だよ、という陽一の言葉を頭の中で繰り返しながら。
なぜだろうか。いつもなら染み込むように頭に入る陽一の言葉が、いくら噛んで飲み込もうとしても喉につっかえる。
すんなりと飲み込むには何かが足りない。何か大事なことを陽一は言い忘れているような——
ひょっとして忘れてるんじゃなくて、何か隠してるのか?
陽一は出会った頃から秘密が多い奴だった。家族のことも知らないし、どうして泥棒になったかも詳しくは教えてもらってない。
話したくないことくらい誰にだってあるし、それが信用されてないと単純に結びつくわけでもない。
けど——
圭はモヤモヤし始めた心に、足りない頭を必死に動かして考えながら歩いた。
***
そんな圭の背後に、着々と迫る黒い影が一つ。
狙いを定めた猛獣のように、執着の強い亡霊のように、その影は圭との距離を縮めていく。
圭がその気配に気付くことはない。
そして辺りに人がいなくなった頃、影は圭のすぐ背後に迫った。
気配を感じた圭が反射的に振り向く。
そこには、真っ黒なスーツに身を包んだ見覚えのない男がいた。初めて見る顔だったが、一目で分かった。
この男は、裏の人間だ。
人を幾人も殺してきたような人種だ、と。
頭にさっきの陽一のセリフが浮かぶ。
全くの犯罪者として生きる覚悟はあるか。
裏の人間にだって関わったことないだろ。
脅しに使われるのは沙保だ。
——それは、怖い。
よっちを、呼ばなきゃ。
しかし、金縛りにあったかのように体が動かなかった。
男は無表情のままこう言った。
「君が奥本圭くん——田嶋陽一の協力者、だな?」
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