ストーカーならお好きにどうぞⅡ
そして深矢がその尾行に気付いたのは、残念ながら沙保と並んで歩き始めてからだった。
と言っても家を飛び出して十二秒後のことだ。突然対象(深矢)が家から飛び出してくるとは思わなかったのだろうし、加えて深矢の動きは素早い。見失わないように慌てたのだろう。お陰で向こうの動きにすぐ気付けた。
さて、向こうは何者か。おそらくは松永組の連中か、試用期間中の危険人物の監視役なのだろうが。
状況を探るためにも、取り敢えずは尾行させておくことにする。
「お兄ちゃんてば大学二年にもなって彼女いないって将来心配だなー」
駅前の商店街をゆっくり歩きながら、話題はすっかり圭のことになっていた。
やれやれと首を振る沙保に苦笑を浮かべる。
「あいつは彼女の前に……」
妹離れしないとな、と続けようとした時に、沙保が後ろを心配そうに振り向いた。
「どうした?」
「いや、なんか……」
そう心細そうに呟き、思い直したように頭を振る。「やっぱり何でもないです」
思わずヒヤリとした。沙保は気付いたのかもしれない、尾行されていることに。
偶々だとしてもこの子の勘は鋭すぎる。松永組の刺客ならまだしも、プロの尾行に気付いたというのなら只者ではない。
黙って様子を見るつもりだったが、沙保に怖い思いをさせたくない。
「沙保は電車で帰るんだっけ?」
沙保はまだ浮かない表情のまま頷いた。駅はもうすぐそこだ。
「じゃあ俺、大学行って圭と会ってくるから。明日には帰るよう言っとくよ」
実をいうと大学があるのは駅の向こう側だが、この際どうでもいい。ちょうど駅前の交差点の信号も青い。
「えっ、大学って……」
そして沙保が首を傾げたと同時に、信号が点滅し始めた。
「走れ!」
沙保の言葉を遮って、深矢はその華奢な肩を優しく掴んで駆け出した。押されるようにして沙保も戸惑いながら信号を目指して走る。
そして横断歩道に差し掛かった瞬間、突き放すように沙保の背中をトンっと押した。
補助をなくした自転車のように沙保は交差点をフラフラと走り切り、補助がいなくなったことに気付いたのは横断歩道を渡りきって信号が赤になってからだった。
迷子のような表情をする沙保に、渡り損ねた人波の合間から深矢は軽く手を振った。
沙保は人波に押されながら困ったように笑い、ぎこちなく小さく手を振り返した。それも人波に呑まれるにつれ遠くなり次第に紛れて見えなくなる。
もう大丈夫だ。
追跡者の気配を探る。唐突に沙保と別れたのはもちろん尾行を巻くためだった。道路を挟んだ歩道側に一人。その正体を見て、予想外の人物に深矢は訝しげな表情を浮かべた。
彼は既に深矢の動きに気付いている。まぁ、沙保を遠ざけられただけ良しとするか。
深矢は息を潜めると、追跡者の目を眩ますように素早く人混みに紛れた。
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