空白の三年、危うい均衡Ⅳ

「見事にてんでバラバラだったねぇ」

 団長はやれやれといった口調で零しながら、椅子の上でクルッと回転した。


 梟の事務室の左奥にある一つの扉。その中で朱本と団長と安藤の三人は、壁に取り付けてある特殊な窓から作戦会議をする候補生三人を密かに見ていた。こちらからは窓になっているが、向こうからはただの壁にしか見えない仕組みだ。


「ピエール、本当にあの三人仲良かったの?あたしの目にはそうは見えないんだけど。特に男二人」

 安藤が送る視線の先では候補生の三人が一台のパソコンを中心にして向かい合っている。作戦会議は順調に進んでいるようだった。


 ピエールと呼ばれた団長は、安藤の質問に片目をつぶって人差し指を立てて見せた。

「いやいや、女には分からない男の友情ってのも存在するものだよ安藤くん」

「なーにそれ。雨降って地固まるとでも言うわけ?」

「固まらずとも地割れはしないよ」

 首を傾げる安藤に、団長は意味深に笑いを浮かべた。


「冴島海斗は心の底では秋本深矢を尊敬している。だから彼を疑うのさ。彼に青嶋にいた頃の彼を重ねているんだね」

「ふーん……なんだか捻くれ者っていうか天邪鬼?」

「姉とは対照的ですね」

 朱本が口を挟むと、隣で安藤が合点のいったようにグローブをはめた手を叩いた。

「あー、既視感の正体はこれか!目元が似てるね!」


 冴島海斗の姉。彼女もまた梟の人間である。冴島海斗が梟の話をして驚かなかったのは、おそらく姉からの情報があったからだろう。


「そう考えると、彼女とあの目つき悪めの女の子性格合わなさそうだよねぇ。あの子もなんだか抱えてるものがありそうだよ」

「茜崎の場合はおそらくあの……」

「だろうね」

 団長が背筋を伸ばして言った。「それを疑問に思うのは同感だよ」


 青嶋において優秀な成績を修めながら梟に推薦されなかった高城由奈。彼女の存在は冴島と茜崎の身辺を調べたらすぐに浮かんだ。まるで彼女の存在を忘れたかのような人選に疑問が浮かぶのも当然である。


 真面目な話かと身構えるが、すぐに団長は姿勢を崩した。

「まぁ、意外と向こうの手続きが遅れてるだけだったりしてね。それより、一番の要注意人物はやっぱり彼だろうよ」

「要注意人物と思うならどうして梟に入れたんですか……!」


 すかさず朱本が口を出すと、団長は目尻を下げ口を尖らせた。半泣きの駄々をこねる子供のような表情である。

「彼が前科持ちだなんて調査するまでは知らなかったんですぅ。ちょっと盗みが上手な男の子で、このまま普通の犯罪者にしておくには勿体無いなって思っただけですぅ」

 そう言い訳をして泣き真似を始める団長は、どこまでが本気でどこからが嘘なのか分からない。


「そういえば私聞いてないな。どこでピエールは彼と出会ったの?」

 安藤に聞かれるなりすぐに泣き真似をやめた。ころころ態度が変わるのはいつものことだ。

 いい歳になってまでふざけた言い草をするな、と一喝したいところだが、そもそも多彩な表情や仕草を見せるその風貌からは年齢を特定することはできない。


「三年前。店でアルバイトの募集をしたらやってきたんだよ。覚えも手際も常人にしては飛び抜けていて、気になって観察していたら友人誘って隠れて泥棒していてね。後で調べたらビックリ。前大学長殺害容疑がかかった青嶋の脱走者だったなんてね……」

 そして今度はヒャーッとホラー映画の音声のような声を出す。


 このように目紛しく態度を変え、それ以外は常に悠然と薄い笑みを浮かべている姿から、団長のコードネーム『道化師ピエロ』は由来しているのだろう。安藤のピエールという呼び方はそれをもじったものである。

 そして梟をまとめる長が道化師なら、その呼称が団長となるのも違和感のないことである。


 団長の仕草に無反応を示す朱本の隣で、安藤がケラケラ笑いながら時計を見上げた。

「珍しいこともあるんだねぇってそろそろ行かなきゃ。倉庫番任せてるんだった」

 銃器等保管庫の管理も彼女の役目である。銃器取扱係と一口に言っても仕事内容は多彩で、命の危険がない分多忙を極めている。

「進展あったら連絡よろしくね。それじゃあ、失礼しまーっす」


 梟は個性爆発してて面白いなーと楽しそうに呟きながら安藤は部屋を後にした。そして候補生に軽く手を振りながらその脇を通って事務室を出る。

 挨拶をされ顔を上げた三人は、安藤がいなくなって十秒きっかり経つと同時に再び向かい合う。それぞれの視線は一見お互いを向いているようでやはり重なってはいない。


 朱本はその様子を見てため息を吐いた。

「……あれだけ猜疑心の行き交う中で任務がスムーズに遂行されるのでしょうか」

 団長も同じように彼らを見てその目を細める。

「普通の人なら無理だろうねぇ」


 常人は工作員スパイになれない。工作員スパイは異質な人間がなれるもの、というのは常識である。しかし朱本が見る限り、普通でないからこそあの状況に陥っているように見える。


「均衡は崩れる寸前、といったところに見えますが」

「まぁね。でも候補生といえども、団長が認めた梟の一員だよ。上手くいくかどうかは彼らの能力次第さ」


 先程までのふざけた言動から一転、デスクに肘をつき組んだ指の上に顎を乗せる姿からは重々しい雰囲気が漂い出す。

「さーて……誰が一番に均衡を崩すかな?」

 団長が壁の向こうの候補生を吟味しながらほくそ笑んだ。その視線はもう既に、答えを捉えているようにも見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る