ようこそ、梟へⅢ

「どうして、深矢お前……」


 睨むような目付きの上司、朱本に連れられて入った部屋には、三年ぶりに見る顔がいた。

 予想だにしていなかったのだろう、海斗は大袈裟過ぎるほどに驚いている。そういえば海斗が不測の事態に弱かったな、と呑気に思う。

 もう一人の女、茜はというと、動揺こそしていないがやはり驚きは隠せないようだった。


 突然すぎて感動すらも生まれなかった再会の変な空気に終止符を打つよう、パチンと海斗と茜の後ろから手を打つ音が響いた。

「いやぁ、感動の再会の途中に申し訳ないんだけどね、少し彼と話しがしたいのだよ」

 はそう言って、朱本に向かって両手を合わせた。

「そういうことだから朱本くん。あとのことは君にまかせるよ、いいかな?」

「またそう……いえ、分かりました」

 小言を飲み込むようにしてから朱本は答え、その鋭い視線を海斗と茜に向けた。

「それじゃあ、頼んだよ~」

 戸惑った様子の二人を残し、深矢はと共に奥の班長室に入っていった。


 ——そう、見紛うはずもない。

 組織の招待状を受け案内された先にいたのは、深矢が、いや田嶋陽一が働くカレー屋の店長だった。

 だが深矢にとってそれは″想定内の出来事″だった。


「正直、もう少し初心で可愛い反応見せると思っていたよ」

 扉が閉まってぴったり十秒後、店長——もはやそれも偽の姿なのだが——が深矢に背を向けたまま落ち着いた声で言った。

「バイト先の店長が組織の人間であることはいつ気付いたんだい?」


 そのトーンは店でいつも聞く『店長』のものとは似て非なるものだった。カレー屋シェルフの店長が偽装の姿であることの何よりもの証拠だ。

 深矢はその背中を見つめながら、昨日『店長』に手紙を渡された時のことを頭に浮かべた。


「俺が店に入った時、ポストには何も入っていなかった。なのに店長は手紙を持って現れた。それだけです」

「君が来てから誰かが入れた可能性は?」

「足音で分かります。裏口に近付いたのは店長だけ……しかも、ポストの中身をあの時はわざわざ開けて、あたかも手紙を取り出したかのような小芝居までやってましたよね」


 ここまで気付かれたとは思っていないだろう——そう思って指摘すると、団長は感心した声を上げた。

「ほう、細かい所への注意力と足音を聞き分ける聴力。なるほど確かに力は衰えていないみたいだね、優秀優秀」

 そして半身だけ振り返り、ニヤリと笑みを浮かべる。

「これも日頃の泥棒業の賜物かな?」


 今度は深矢が驚く番だった。団長の読めない笑顔を見つめ、固唾を飲んで次の言葉を待つ。

「まあ安心するといいよ。上には報告していないからね」

 ……いつから気付かれていた?どこまで気付かれている?

 団長はすぐには答えをくれなかった。

「まずは君と出会ったのが偶然なのか運命なのか。さーて、どちらでしょう?」

 そう戯けた風を装って、手品師のように深矢に向かって腕を広げてみせる。


 ——根くらべか。

 そう踏んだ深矢は団長を正面から見据えた。

工作員スパイに偶然なんてそうあるもんじゃない……学園から逃げ出した俺の監視任務でも担ってたんですよね」

 正解、とでも言うように団長は指をパチンと鳴らした。

「そうそう、この三年間ずーっと君の監視役を務めてたわけよ……って言いたい所だけど残念。君と出会ったのはほんの奇跡だよ。君があのカレー屋で働き始めて、その働きを見ている内にこのまま普通の人として生かすのは勿体無いと判断した……放っておいたら大怪盗になりそうだったしね」


 最後に付け足された言葉に思わずたじろぐ。団長はそんな深矢の反応を待ってましたとばかりに目をギラリとさせる。


「ははっ、見つかってないと思っていたかな?残念でした、君が偶に圭くん引き連れて何処ぞのお屋敷やらで金目のものくすねてるのも全部知ってるよ。記録も残してるからね。まぁ圭くんが加担してると知った時はさすがに驚いたけど。まったく、金目の在り方なんてどこで嗅ぎつけるんだか」


 ——よし、握られたのはほんの先端だけだ。根元の松永の親父との関係は知られていない。

 心の奥で安堵を感じながら、深矢は観念した様子を繕った。


「……そんな奴雇っていいんですか。泥棒なんて犯罪者、何しでかすか分かりませんよ」

「なに、泥棒を工作員として雇ってはいけないなんて細かく規定した規則なんて知らないし、そもそもみんな犯罪者だし?それに″どこか危ない組織と繋がりがあるわけじゃなさそう″だしね。欲を言えばお宝の隠し場所なんか教えてもらえたら嬉しいなぁ、なんてね」

 そうウインクしてみせる団長は店長と通じる所があった。ひょっとすると店長のあの剽軽ひょうきんさは団長の本来のものなのかもしれない。上手い嘘には少しの事実を混ぜる、なんてことは常識だ。


「あぁそれから、これは一つ上司として命令」

 団長は一息ついてみせると、また落ち着いたトーンに戻って深矢を真っ直ぐに見つめた。


「ウチに入るからには、SIGの外で、盗みを働くのは辞めなさい」

 ——裏仕事を辞めろと。

 チラリと脳裏に圭の姿が浮かんだ。


「……組織の外で何をしようと、俺の自由で自己責任のはずです」

 やれやれ、と団長は大袈裟に首を振る。

「君のためを思っているんじゃあないよ。圭くんのためだ。分かっているでしょう?彼は危なっかしい」

 団長の目は、深矢を通して脳裏に浮かぶ圭を見ているようだった。


 団長の言うことは一理ある。だが裏仕事を取られるのは、を取り上げられるようなものだ。当然、圭と一緒に居る意味も薄くなる。


「とにかく、彼にはきちんと話をつけること。もちろん、組織のことも、私のことも内緒でね?」

 彼は″こちら″の人間じゃないのだから。


 それは命令というよりもまるで忠告のようだった。放っておくと悪いことが起きると言わんばかりの。

 団長はそれだけ言って大きく一歩下がると、舞台挨拶をする俳優のように大きく腕を広げた。


「それじゃあ改めて……秋本深矢くん、君を工作本部特殊部隊所属構成員として迎え入れます——ようこそ、梟へ」

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