第12話 改めまして
「…俺が目を覚ました時には、既にあの方はいなかった」
鉤月さんの声でハッと我に返る。
追体験…というのか。まるで自分がそこに居たような、映画を見ていたような不思議な感覚。気が付いた今でさえ、何となくぼんやりと夢を見ている様な感じ。
これが、扉を開けるということ?
「鉤月さん…」
私と向かい合うようにしゃがみ込んでいる鉤月さんを見ると、思い詰めたように俯いている。強く拳を握りしめているせいか、肩が震えているみたいだ。
泣いているの?…違う、堪えているんだ。
「俺はあの方の最期に立ち会えなかった…っ、外に出ることも出来ずに…!絶対、絶対傍に居ると誓ったのに…!」
声が涙で歪む。鉤月さんは、今まで堪えていたものを吐き出すように言った。
「結局、俺は猫でしかなかった…っ」
「違うよ」
思わず、彼の手を掴んでいた。
「鉤月さんは必要とされてたよ?!ばあちゃんも『傍に居てね』って言ってたじゃん!」
勢いで顔を覗き込むと、驚きに見開かれた目と視線が交わる。
「…鉤月さんはどうしたい?」
「え…」
「私と…契約してくれる?」
もしかしたら断られるかもしれない。でも、こんなのを見てしまったら『色々あったかも知れんけど、私が困るからとにかく契約して!』なんて言えない。ぶっちゃけ、最初はそーいうつもりだったけど…
今、私が言えるのはコレだけだ。
「私は、猫はいらない」
ビクリと彼の肩が揺れた。気付かなかったふりをして鉤月さんの目を見つめる。
手を取って逃さない。
「私は、信頼できる仲間が欲しい」
「……!」
「『刃の魔族』の鉤月さん。私の相棒になって」
私は、刃の魔族としての本当の彼がいい。
「ッ……」
すると、突然彼の目からボロボロと涙が溢れた。私はギョッとして狼狽える。
「え?!」
や、ヤバい…え、どうしようこれ…嫌だったのかな?!泣くほど?!
「あ、あの…鉤月さ…わ?!」
恐る恐る話しかけると、返事の代わりに強引に引き寄せられて彼の胸に顔を埋めた。しかも、ガッチリと体を抱き締められて身動きが取れない。
「ちょ、ちょっと…」
痛いんですけど…
何とか抗議の声を上げようと藻掻くと、頭上から怖々とした声が聞こえた。
「俺は…猫にならなくても…?」
「猫よりも、かっこいい武器を所望します。封印が解けたヤツと戦う可能性もあるんでしょ?」
確かに殴る蹴るは得意だけど、相手にもよる。折角あるのに使わない手はない。…法的に捕まらない範囲内で。
私がそう言うと、鉤月さんはポカンとした顔をしてこっちを見ていた。呆けているせいか、背中をガッチリ抱えていた腕が解かれている。
「鉤月さん」
「は、はいっ」
「今度、一緒にばあちゃんのお墓参りに行こ…」
そう提案すると、言い終わる前に再び思いっきり抱きしめられた。ふいをつかれて「ぐぇえ」と酷い声が出てしまったじゃないか。
涙声で何度も何度も頷く彼の背中を、よしよしと撫でてやる。
「うぅ…グスン…」
「あ~もう、泣かないの!」
「だ…だって、ゔれじぐでぇ…(泣)」
涙と鼻水でグズグズの鉤月さんが落ち着くまで、しばらくの間私はそのままの体制から動けなかった。
しばらくして、涙が落ち着いた鉤月さんは照れくさそうに頭を下げた。
「ご迷惑をおかけしました…」
「では、改めて…ゴホン!」
私は神妙な顔で咳払いをした。鉤月さんと向かい合って、お互いの顔をあわせる。
「鉤月さん、私と契約して!」
にっと笑ってそう言うと、彼はうやうやしく頭を下げた。
「もちろんです、俺の新しい主。」
その言葉を聞いてホッと胸を撫でおろす私の手をとり、サラッと手の甲にキスを落とした。
そして、晴れ晴れとした顔で彼は笑った。
「今度こそ、ずっと貴女の傍に…」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます