第10話 はじめての魔法

 鉤月さんは、結界内の空中に浮いたまま戦闘態勢をとっている。どこからともなくナイフ状の刃を生み出して私に向けて射出する攻撃スタイルのようだ。

「中距離型…?接近技はないのかな…」

『ううん、アイツは刃物なら何でも使えるよ。むしろ近距離だとちょっと面倒かな…』

「…むむ…」

となるとこの距離感を維持した方がよさそうだ。仕掛けの術も使えるかどうかやってみないとわからんし、とにかく結界内から出さないように…

等と考えていると、九重によって腕がスッと動かされる。動いた指先から白色の光のパネル状の壁が何枚も展開し、私の前に広がった。

『どんな攻撃でも私が守るから、由依は術に集中してね!』

「…うん!」


 この陣は『対象の動きを制限する』効果がある。一つは対象をこの場に留め、外に影響を及ぼさない『結界』の効力。そして、万が一対象が反発し攻撃してきた時等にそれを抑える『拘束』の効力だ。これは発動の呪文がある。そして術者の具現化する想像力と魔力量が効力を左右する、とかなんとか。

クロ先生に説明を受けながら描いてみたけど、ぶっちゃけこんな慌ただしく使うとは思ってなかったよ!一発勝負じゃん!!

私は大袈裟に肩を上下させ何度か深呼吸をした。

持っていた棒を地面に突き刺して、自分の中から棒を伝って陣にチカラ的なものが流れるイメージをする。

イメージの元は川だ。私の体の真ん中から指先、そこから大地へ…絶え間なく広がって、陣の溝を全て埋めていけ…!

「…月の祝福を受けた土よ お前は岩より硬い鋼鉄の鎖 決して砕けぬ強き鎖 幾本もの鎖となりその力を示せ」

同時に陣の内側の紋様が光り、地面からメリメリと音を立て鎖が生まれていく。

「お前は主を守るもの 主に害なすものを捕らえ離すな…!」

すると陣から四本の鎖が現れ、鉤月さんに勢い良く向かっていく。ジャラジャラと金属の音を響かせ、対象に四方から巻き付いた。

「…よしっ!」

『由依ナイス!』

初めての魔法的なものを成功させ、私は興奮気味にガッツポーズをした。鎖は鉤月さんに巻き付いたまま、その効力を維持している。

「…って、コレもしかしてこっからがしんどいやつ?」

やってみてわかったのだけど、これは…なんか持久力と集中力の消費がエグいのでは…?!

鎖に絡め取られた鈎月さんが、全力で抵抗しているのがわかる。すこしでも力を抜いたら押し負けてしまうかも…

「うぐぐ…」

こ、ここからどうしたらいいんだーー?!

私はビリビリと痺れだした指先に、無理矢理最後の力を込めた。

「も、もう限界かも…」

『ちょっと、由依しっかりー!お兄様ぁ〜!!』

九重のその言葉で、私の脳裏にふっとクロ先生の姿が浮かぶ。

その瞬間、鉤月さんに巻き付いていた鎖がミシミシと音を立てて軋みだした。私は限界を感じながらもありったけの大声で叫んだ。

「…クロ先生ーーーっ!!」


バキン!と大きな音を立てて四本の鎖が弾けた。

それと同時に私の体も力なく膝から崩れる。後ろに倒れる一歩手前で、人の姿に戻った九重が支えてくれた。

そして、翻る黒色。

「上手にできたね、由依。」

ポンと軽く頭を撫でられた直後、私は安心感からかドッと脱力した。安堵のため息を吐いて、再び顔を上げた時には、いつの間にかまた拘束された鉤月さんの姿が見えた。

「捕らえて放すな 地に縫い付け動きを封じよ」

クロ先生は淡々と何本もの鎖を操り、鉤月さんを捕縛していく。しかも私がやったのより鎖の数が多いし、とても頑丈そうに感じた。

さ、さすが…師匠…

初めは抵抗していた鉤月さんも徐々に大人しくなっていった。数分後には鎖に巻かれて陣の上に倒れ込んでしまった。

「う…ぐゥ…」

めちゃくちゃに雁字搦めにされた鉤月さんは怨みの籠もった唸り声をあげて小さく抵抗している。

クロ先生は鎖の上から彼を踏みつけて、冷ややかに微笑んだ。息切れ一つしない、余裕の冷笑だ。

私とは比べ物にならないほど呆気なくかたをつけてしまった先生を、少し恐ろしく感じた。

「…由依」

呆然と成り行きを見ていた私は、名前を呼ばれてハッと我に返る。誘われるがままに、鉤月さんのそばに近づく。

「ここから先は君の仕事だよ」

さぁ、と促され私は鉤月さんの前に膝をついて座った。鎖に阻まれて表情が分からない。

この鎖、邪魔だな…

そう思って鎖に触れた瞬間、パンと弾ける様に鎖が消えた。同時にクロ先生が目を見開く様にして驚いていたのだけど、私はそれに気付かなかった。

鎖が消えたあとには、異形の姿になってしまった鉤月さんが項垂れるようにして横たわっている。

「…鉤月さん、ごめんね?大丈夫?」

聞くと頭を振って答える。

「泣かないで…」

彼の頬をポロポロと涙が伝い落ちていくのが見えて、私は慌てて涙を拭おうと手を伸ばした。それに応える様に、差し出した私の手に頬を擦り寄せて彼は掠れた声で呟いた。

「ま…マスター…」



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