第9話 九重と鉤月

 色々な事が一度に起こったせいで、私は若干呆然とした頭のまま、まだ玄関の前にいた。

そこには、姿が変わってしまった鉤月さんが力なく倒れている。言っておくが、これはただ転がしているのではない。

彼の周りの地面には棒で描いた線が走り、複雑な紋様は、あと一筆線を引き繋げるだけで完成する所まで構築されている。そして、その最後の一手は私に任されている。

これは、クロ先生が敷いた『対象の動きを制限する魔法陣』だという。鉤月さんが目覚めたら私の目の前の線を繋げ、陣を発動させるようにと言われている。

鉤月さんの表情は、うつ伏せに倒れているせいで見えない。線を踏まないようにギリギリまで近付いて覗き込んでみたが、やっぱりよくわからん。

私は諦めてさっきと同じ場所に腰を下ろした。丁度同じタイミングで玄関の扉が開く。

「由依」

呼ばれた方を見ると、グラマラスお姉さんな九重が困った様に微笑んでいた。普段は私より少しだけ低い身長の彼女だが、今はたぶん祈雨と同じ位の高身長に豊かな胸元が強調された服装をしている。それにふわふわのツインテールはゆるくウェーブがかかった艷やかなロングヘアになっていて、まるで印象が違う。若干目のやり場に困惑しながらも、この人は九重…と自分に言い聞かせる。

「ふふっ、この姿では初めましてだよね?」

「う、うん…九重?だよね?」

「そうよ」

いつもの調子でいたずらっぽく笑うと、見慣れた彼女の雰囲気があった。

「私、本来はこうなんだ。お兄様の使い魔をやってるの。」

「え、じゃあ」

「私も魔族だよ。」

あまりにもあっけらかんと打ち明けられて、私は暫くポカンとしてしまった。

「まぁ、色々あって女子寮に住んでるけどね。由依にはタイミング見て打ち明けるつもりだったんだよ?」

「うん」

私は、大丈夫だよという気持ちを込めて、大きく頷いた。九重が凄く心配そうに私を見つめてくるから、なんだか緊張してたのが吹っ切れた。

見た目が違っても九重は九重だ。

「それでね…」

九重は次の言葉を続ける為に、視線を陣の中で倒れている鉤月さんに向ける。それに釣られて私も同じように彼を見た。

「アイツと私は『つい』なんだ。」

「『対』?」

「そ。ん~なんていうか、『右と左』とか『上と下』?みたいな?…正直、趣味も話も性格も合わないし、普通にサイアクなんだけどさ…」

それまで困った様に笑っていた九重が、ふっと愛おしく懐かしいものを見るように目を細めた。その先には彼の背中がある。

「…放っとけないじゃん、なんか…」

照れくさそうにそっぽを向きながら呟いた言葉はしっかりと私の耳に届いていた。

やっぱり、九重は九重だ。お姫様な見た目に反して姉御肌なのは、なるほどこういう所から滲み出ているのかと納得すらしてしまう。

「だから、私も手伝わせてよ」

へへっと照れ笑いする九重が可愛すぎて、私は堪らずその胸元に抱きついていた。

「しゅき!」

「え~?」

私達はキャッキャとじゃれ合っていたけど、九重が黙って私の髪を撫で、少しの沈黙が訪れた。真剣な目をして九重は言う。

「私が守ってあげるね」

決意を込めたその言葉に、私は彼女から視線を外さずに頷いた。

私も、私の出来ることをやろう。



 やがて夕闇の中に三日月が浮かび上がる頃、彼が目を覚ました。

ザワザワと木々がざわめき、さっきまで聞こえていた虫の声が嘘のように静まり返っている。何かが起こる予感がする。

私と九重は立ち上がり、次の動作の準備をしながら彼の様子を伺っていた。

鉤月さんはゆっくりと頭を持ち上げる。長い硬質な髪が垂れ下がり、私達からはその表情は見えない。

それ故に、私は少し油断していた。

「…鉤月さん?」

意識の有無を確認しようと彼に近づいた。その瞬間、彼は勢い良く後方に飛び退いた。まさに人外の動きと言える素早さと挙動に、一瞬思考が止まる。

一拍置いて状況を察し、私のやるべきことを思い出す。視線を足元の陣に移し、線を繋げるところを探すが、既に遅かった。

「由依っ!」

九重の声にハッと視線を上げた時、私の視界には飛び上がった鉤月さんと、自分に向かって放たれた無数のナイフの様なもので埋め尽くされていた。

「ぁ……ッ」

しまった。

私は咄嗟に腕で頭を守り身をかがめた。放たれた無数の刃が皮膚を切り裂くのは想像に容易い。訪れるであろう痛みを想定して目をギュッと瞑った。

…が、その痛みは訪れなかった。

「…え?」

恐る恐る目を開けると、目の前がキラキラと輝いている。いや、正確には頭を守るように掲げた私の腕が、何故か発光しているっぽい。

「なん…??」

よく見ると、腕に振り袖の様な布状のものが装備されていて、それが白色の輝きを纏っている。

なんだコレ…?こんなもの装備した覚えはないぞ?

そうやって私が謎の装備品に気を取られていると、突然勝手にグイッと引っ張られる様に腕が動いた。

「え?!」

—キン!と金属音を響かせ、光る振り袖は飛んできた刃を打ち落とした。打ち落とされた刃は霧散して消えていく。

自動で動いた…だと…?

私が振り袖のオートガード性能に驚いていると、すごく近くから九重の声がした。

『由依、大丈夫?』

「えっ、九重?…どこ?」

見回してみてもその姿はない。でもすぐそばで声はする。…すぐそば…から……

「もしかして…この光る振り袖?!」

『え、私今そんな事になってるの?!』

九重が喋る度に白色のキラキラが舞う。

『とにかく由依を守らなきゃって思ったんだけど…まさか装備されるとは…』

「いや、なんていうかその、スイマセン?」

私かてそんな事になるとは思ってなかったけども!

すると、振り袖(九重)はフワリと翻り、九重は納得したように言った。

『でも、これなら由依を守るのに集中出来そうね!…由依はアイツに集中してていいわよ』

「九重…」

私はハッとして、地面に落としてしまった棒を拾い、最後の線を描き陣を繋げた。

一拍置いて、私達を取り囲むように地面に描いた陣に光が走る。走った光が空へと立ち上り光の壁を築く。これで結界はちゃんと作動した。

飛び上がっっていた鉤月さんも結界の壁の中にいる。

「…よし」

あとはクロ先生が来るまでに鉤月さんを引き付けないと…

結界の完成の他に、もう一つ教えられた事がある。もしも鉤月さんが結界内で暴れてしまった時に使うようにと、クロ先生が教えてくれたこの陣に組み込まれた仕掛け。

「できるかわかんないけど、やってみる!」

『由依、気を付けて』

九重の言葉に私は頷いて彼を見上げた。

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