第8話 予知夢inquieto
にゃぁーん…にゃぁーーん…
猫が鳴いてる。カリカリと爪で引っ掻くような音と叫んでいる様な悲痛な鳴き声が聞える。
と、同時にこれが夢だと自覚した。その上で感覚を集中させると周りの景色が鮮明になる。ここは、月詠寮。鳴き声はどこから聞こえるんだろう…
スライドショーの様に場面が切り替わっていく。やがて、玄関に続く廊下で声の主を見つけた。
月詠寮の猫といえば、あの人物かと思い声をかけようとした。しかし、目の前の光景に戸惑い、声が上ずってしまった。
「鉤月…さん?」
玄関扉に縋りつき叫ぶように泣きながら引っ掻き続ける『何か』がそこには居た。
禍々しい様子に『見てはいけない』と本能が拒絶し、視界が歪む。
これは夢だ、起きろ!
次の瞬間、ガタン!と椅子から落ちてしまうくらい体を揺らして私は目覚めた。
「ちょ…由依、大丈夫?」
脂汗をかいて床に座り込んだ私を、九重が何事かと覗き込んできた。
ここはいつもの音楽室、時刻は放課後。どうやら私は居眠りしていたようだ。
ドキドキと未だ高鳴っている胸を落ち着かせる様に深呼吸して、椅子に座り直そうと立ち上がる。
「ねぇ、顔色悪いよ?大丈夫?」
「九重…うん、大丈夫。あれ、祈雨は?」
「委員会。」
「そっか…」
とりあえず、座りなおしてみたものの、夢の内容が気になってぼーっとしてしまう。そんな私をみかねて九重が心配そうに言った。
「何か気になる夢でも見た?」
「…うん」
ズバリ言い当てられた私は素直に頷いた。
胸騒ぎがするってこういう事なのかな。ソワソワ?モヤモヤ?落ち着かない。
「…ーーー〜〜ッ」
やがて、私は勢い良く立ち上がった。
何か上手く言えないけど、ただの夢じゃない気がするんだ。気になるし、放っておいてもいいかって思えない。何ともなかったらそれはそれで良いじゃんか!
「九重、私ちょっと確かめてくる!」
すると、九重もニッと笑って立ち上がる。
「そうこなくっちゃ!」
そういう訳で、私達は音楽室を後にした。
寮に向かう間、ザワザワと聞こえていた何者かの気配が一段と騒がしく、まるで警告の様に私を焦らせた。嫌な予感がする。
校舎を出て生徒用の寮と反対側へ曲がる。林の中の古い石畳の道が寮へと続いている。そこへ飛び込み、月詠寮の屋根が木々の間に見えて来た時、九重が突然私の手を掴んだ。
「由依!」
グン!と力強く引っ張られて、私は思わず体勢を崩してよろけた。
「え?!」
九重は庇うように私の前に立った。寮はもう目の前。やがて、何かが千切れる様な音がしてゆっくりと玄関の扉が開く。
「…由依、アンタやっぱさすがね…」
九重が視線を外さずに言った。その雰囲気からなんかヤバそうな感じが伝わる。
私はゆっくりと開く扉に目を凝らせた。さっきまでうるさかった気配が嘘のように静まり返っている。
「私の後ろに居なさいね、お兄様が来るまで私が守ってあげる…」
そう言って、九重は両手を前に伸ばした。それと同じくして扉が開き、その奥の人物が露わになる。
「…鉤月さん…?」
その姿を見た瞬間、なんの前触れもなく一つの言葉が頭に浮かんだ。そしてこれが『答え』だと直感する。
『使い魔の契約が切れた』
その再契約を、私がやらなければいけなかった。それの猶予が今終わったのだとわかった。
鉤月さんは一歩ずつゆっくりと外に向かっている。一歩踏み出す度に、見えない何かがパリンと音を立てる。そして、徐々に見えてくるその姿は、今まで見てきた彼の姿ではなかった。
腕が肘辺りから変質し、人のそれではない。そして5本の指の代わりに鋭い鎌のような爪がその場所にあった。短く切り揃えられていた髪は長く伸びて硬質に光を反射する。
魔物、という呼び方に合致するその姿に若干腰が引ける。
さっきの夢で見たあれは、鉤月さんだったのか…
そして、屈曲した次の瞬間、彼は私達の目の前に迫っていた。硬質に反射する髪が浮き、鋭利な爪をこちらに向けて突きつけている。
殺意を感じて怯む私とは対照的に、九重は彼に向かって腕を突き出した。
すると、ガキンと弾く様な音とともに振り上げていた彼の腕が後方に跳ね返る。
「落ち着きなさい、鉤月っ!!由依に怪我させる気?!」
見ると、九重の姿も一瞬で変わっている。ツインテールにしていたふわふわの髪が解けて更に長さを増した美人なグラマラスお姉さんが目の前にいた。お姉さんと鉤月さんの間には、盾の様に硬質な光の層が私達を守るように展開されている。
「ぅ…ユエ…?」
鉤月さんはその場で頭を振った。どうやら意識が混濁しているみたいだった。
助けを求めるように彷徨っていた視線が私を捉え、私もまた同じように視線が重なる。
なんでそんなに泣きそうな顔をしているんだろう…
「ますた…」
そう呟いた瞬間、彼の体は崩れるように倒れその後ろにクロ先生の姿があった。
「お兄様!」
先生が気絶させたのか、鉤月さんはその格好のまま動かなくなった。
「由依、怪我はないかな?」
「あ…はい」
先生は「そう」と安心したように微笑む。
「九重もご苦労さま。」
「はい♡」
美人お姉さんはやはり九重らしく、いつの間にか盾を解除していて先生に頭をなでられご満悦の表情をしている。私は、未だに状況を飲み込めず、呆然と倒れた鉤月さんを見つめていた。
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