第7話 ゆるやかに変わる日常
「ギャァァァ!遅刻ゥゥ!!」
ドタバタと階段を半ば転がり落ちながら、なんとか一階に辿り着いた。
昨日の出来事のせいでなかなか寝付けず、更には二度寝をぶちかましてしまってこの有り様ですよ…
共有スペースのリビングには既に誰もおらず、しんと静まり返っている。冷蔵庫を開けると朝食用のサンドイッチが用意されていたので、そこから二つ頂いて片方を口に押し込んだ。朝ゴ飯、ダイジ。
(鉤月さんも居ないのかな?)
残りのハムサンドを二口で平らげ、モグモグしながら鞄を掴んでリビングを出ようと急いだ。その途中、何気なく見たリビングの床に何かが転がっている。
「…?」
部屋を覗き込んでよく見ると、ソファーの向こう側の朝日が射し込むフローリングに猫耳男が転がっていた。
「なーんだ…鉤げ…」
え、寝てる…?本当に?これ、倒れてたりしない…?
瞬間、サッと血の気が引く。そのまま駆け寄って顔をベシベシ叩きながら名前を呼んだ。
「ちょ…鉤月さん!鉤月さん?!」
オイオイ、いきなり昏倒とかやめてよね?!魔物ってこういう時どうしたらいいのかわからんぞ?!
「こーげつさん!!」
冷や汗をかきながら身体を揺すって名前を呼ぶ事数回、やっと彼がうぅ~んと身動ぎした。よっしゃ、生きてる!!
「…あ、マスター?おはようございます…」
「いや、おはようございますじゃないよ!めっちゃ普通だし!!」
安堵から脱力して座り込む私を、不思議そうに覗き込む猫耳男。やれやれ。何か私一人だけ大騒ぎしてたみたい。
「鉤月さん、どっか変な所とか無い?大丈夫?」
私は何気なく彼の前髪を掻き分け、手を額に当てた。小さい子供の熱を測るように、じっと目を見つめる。
「え!?」
すると彼は驚いて目を見開いたと思ったら、みるみる内に赤面して固まってしまった。
「…俺の事…れた…?」
「え?」
何かボソボソと呟いたが聴き取れなかった。聞き返すと、今度は見たことも無い速さで私の手から逃れて後退りした。
「だっ、大丈夫でふ…ッ」
あ、噛んだ。
その慌てぶりにプッと吹き出しそうになった瞬間、遠くの方で聞き覚えのある鐘の音が鳴った。
今度は私が青くなる番だった。
とても重大で、かつ重要な事を思い出した。
「ギャアアア!遅刻ゥゥ!!」
学園に着くと(遅刻した)、周りの様子が今までとは違う事に気付いた。なんというか、ザワザワしている。何らかの気配というかあからさまに、何らかの囁く声や動きを感じるのだ。
えッ、コレって何…?おばけ…?
今までまるっきり
ちょっと!これって私の事なのでは?!
授業中でもしきりにソワソワキョロキョロする私は、やはり絶妙に目立つらしく担当の教師に度々注意されていた。
そんな中、後ろの席から折りたたまれた小さい紙がコッソリ回ってきた。器用にハート型に折られたそれには『由依までまわして!』と可愛らしい丸っこい字で書かれていて、裏を返すと『九重より♡』と書いてある。
ハッとして九重の席の方を見ると、彼女と一瞬目があった。九重は小さくウインクをすると何事も無かったかのように視線を前に戻した。
「宵月ーーィィ!」
「へいっ」
その時、教師から本日何度目かの指名をされ私は教科書を持って立ち上がった。
「この部分の作者の気持ちを30文字以内で説明してみろ!」
「わかりません!」
「…宵月、何でも潔ければ許されると思ってるだろ…」
「思ってます!」
一連のやり取りにクラスメイト達がクスクス笑い出す。
「わかったわかった、座って大人しくしてなさい。」
と教師は半分呆れながら着席を促した。
私は勝ち誇ったように礼儀正しく着席すると、教科書で隠しながら九重からの手紙を開けてみた。
「うわ~ん、九重〜」
「ハイハイ、どうしたどうした」
授業が終わるやいなや、九重に駆け寄って抱きつく。私の様子を見て祈雨も集合していた。
九重から回ってきた手紙には、私の挙動が不審過ぎて何事かあったのかと案ずる様な事が書かれていた。私は自分の身に起きた異変をなんとかしたためようとしたけど、上手く文章化出来ずに『霊感少女になったかもしれない』と、意味不明の返事を返して今に至る。
「霊感少女ってなによ?」
「それが、登校してから急に何者かの気配を感じると言いますか、なんか小さい声が聴こえると言いますか…今までこんな事無かったのに…」
意識すると気配の先を探してしまいそうで、敢えて顔を伏せて唸った。
すると、二人は顔を見合わせて何か納得したように頷いた。
「由依、それたぶん大丈夫だよ」
「え」
「そうそう。その気配の正体は恐らくこの学園に棲み着いてる人間以外のモノよ。」
「それは、その霊…的な?」
「あぁ、えっと霊的なヤツじゃなくてね?…なんか急に疑り深いわね…」
「由依、オバケ嫌いなの?」
フッ、可愛いヤツ的な雰囲気で目を細めて笑う王子様の微笑みに打ちのめされてしまい、隠しておきたかった事まで語るに落ちてしまう自分が憎い。
「…嫌いと言うか、実体が無いと物理で殴れないじゃん…姿がこっちから認識できないのもフェアじゃないし…」
「物理(笑)」
「わぁ〜この子脳筋だわぁ…」
私の発言に二人は薄ら笑いを浮かべてなんか残念なものを見る目で私を見た。
「ま、まぁそういう事なら全然大丈夫よ!ズバリあの気配の正体は、魔物とか妖精の類と思っていいわ!」
「魔物…妖精…」
九重に教えられてもイマイチピンと来ていない私の肩に、ポンと手をおいて祈雨が爽やかに笑った。
「物理、通じるよ」
「そうなの!?」
『物理通じる』の言葉を聞いてあからさまに安心した私は、良かった~と安堵の笑みをこぼす。それを見た二人は、面白そうに吹き出して笑った。
九重と祈雨の説明によれば、昨日、私の魔力のストッパーとやらを外した影響で今まで感知しなかった人間以外のモノ(霊的なヤツじゃない)がわかるようになったということらしい。今は気配や小さな声程度しか感知できないが、もう少し体が魔力に慣れてくれば目で姿を確認することも出来る、という。
霊的なヤツでない、とはいえ今まで無縁だったものが急にわかるようになるなんて…
できれば私の前には、ファンシーかつリリカルな姿で現れて欲しい。切実に…!
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