第5話 再契約

「再契約?」

「そう。代替わりしたからね。」

クロ先生は、脚を組み替えながら言う。呼び出した要件はこの事らしい。私達が寮に着いて程なく、先生もやって来て現在に至る。

男子二人は私室に戻ったけど、九重と祈雨はお茶を飲みながら事の成り行きを見守っていてくれている。

お茶を出し終えた鉤月さんが私の傍へ膝をついて座った。

「先代の『月の魔女』…観月先生が、この学園に害があるとして封じたモノの封印が解けかけている。彼女の死と代替わりで封印が一時的に弱まったせいだろうね。」

「害があるって、じゃあ、その悪いヤツと戦えって事です?」

尋ねると、クロ先生は何か曖昧に

「うーん、まぁだいたいね。」

とか答えた。

鉤月さんが、同じく微妙な感じで付け足す。

「前のマスターは封印の腕が良くてですねぇ…とにかく色々封印したんですよ~」

「は?」

なんだそりゃ。ポ〇モンマスターか。

「その代わり、害のないモノや学ぶ意思があるモノには学園に通わせ、人間社会に送り出したり…かつてこの寮もその為に造られたんです。」

クロ先生がフッと微笑む。

「朧月くんや淡月くんみたいに、ね。」

「あ…!狼男と吸血鬼!」

そうか、なるほど。

この寮の意味や、ばぁちゃんの遺志がほんの少しわかった。

「じゃあ、私がまた封印していけばいいってことですね?!」

勢い込んで言うと、二人はまた微妙に困ったような笑顔を返した。

「…そう、なんですが…」

「…正直、今の君は先代には遠く及ばない。魔力も少ないし、闇に対する経験も知識もない。」

「っ……」

役立たずのレッテルを貼られた気がした。地味に凹む。

しかし、クロ先生はお構い無しに話を続ける。

「魔力に関しては、実はちょっと思うところがあってね。少し探ってみるさ。それに、経験や知識が無いのは、しょうがない。これから頑張ればいいんだよ。とりあえずは、修行でも。」

「へ?修行?」

視線が鉤月さんに移る。

「恥ずかしながら、もう少しで使い魔の契約が切れてしまいます。」

「け、けーやく?」

「と、言う訳で、鉤月と再契約して君の配下にしてみよう。これが最初の修行って事で。」

「え?!」

私の理解が追いつく前に、話がまとまっていく…

 

 この学園には、魔女が何かを封印しているからとか、学園長が私物化しているから開かない、と噂の通称『開かずの第三音楽室』がある。実際どうなのかは知らないが、『鍵開け放題』の能力を持ったので試しにやったら、普通に開いたので昼休みなどに集まる場所として使わせて貰っている。(今の所は特に何も起きて無い)

 昼下がりの日光を浴びながら、鉤月さんに持たされたオヤツのクッキーを噛じる。自販機の紅茶が美味い…

「…九重、遅いね。昼休み終わっちゃう」

祈雨が壁の時計を気にしながら、クッキーに手を伸ばす。

 ランチ後、九重がクロ先生に用があると言って学園長室に行ってから、しばらく時間が経った。もう昼休みの残り時間が少ない。

「だね~、何か話し込んでるのかなぁ」

九重はクロ先生大好きだから、要件が済んだとてすぐには帰ってこないかもしれない。メッセージを送ってみようかと、スマホを取り出した時、勢いよく音楽室の戸が開いた。

「由依ーーっ」

「ぅわ、びっくりした」

「ドア、大丈夫かな?」

一目散に私に駆け寄る九重と入れ違うように、祈雨がドアの安否を確認する。私がどこにツッコんでいいのか分からない内に、九重に両手を取られてブンブンと振られた。

「由依、お兄様が放課後に学園長室に来なさいって!」

「放課後?」

「由依の魔力に関して、分かったことがあるからって…でも、もしまだ『魔女』に対して気持ちが付いてこないなら、私がお兄様に伝えておくけど…どうする?」

九重は腕を振るのをやめて、私の目をジッと見つめてきた。

 でも、私はそれに関しては、もう気持ちは決まっている。

「大丈夫だよ。放課後に、学園長室だね。」

それを聞いた九重と祈雨は、安堵したように顔を明るくさせた。

「一緒について行くわ!」

「私も。」


 そして、放課後…

「お兄様ー!」

ばーん!と学園長室に飛び込むやいなや、爆速でクロ先生に近付いていく九重。その後から、苦笑いの二人。

「失礼しまーす」

「やぁ、いらっしゃい。由依を呼んできてくれてありがとう、九重」

「はぁい♡」

褒められてご満悦の九重の頭を軽く撫でてから、クロ先生は私達に応接用のソファに座るよう促した。

「あの…」

「あぁ、楽にしていていい。」

先生は執務机から立ち上がると、ネクタイを緩めながらソファに向かってくる。そして、ソファに腰掛ける私のすぐ傍に片膝を付いて座った。

「由依の魔力に関して、思うところがある、と言ったね?」

頷くと、先生は少し目を細めた。

「実は、君の体には魔力に制限を掛けるストッパーの様な術が、かけられているんだ。」

「ストッパー?」

「君のことを預かると決まった時に、観月先生から『必要なら解除もやむなし』と言付かっている。…君はどうしたい?」

魔力のストッパーなんて、そんな話聞いたこともない。今まで普通に生活してきたし、霊感も無いし。

だけど、制限が無くなれば役立たずから脱却できるのかも…

「…お願いしますっ」

ストッパーが無くなったらどうなっちゃうんだろうとか少し不安だけど、昨日先生に言われた言葉が、心にトゲのように残っていた。

少しでも認められたい。役立たずは嫌だ。

焦ったように前のめりに答えた私に、先生はあやすようによしよしと頭を撫でた。

「わかった。少し強引だけど制限を外してみよう。…何か異常があったら言いなさい。」

すると、先生が手をかざして私の視界を奪う。途端に感じる激しい目眩に、ヤバいと思った時には、既に意識を手放し先生の腕に倒れんこでいた。

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