第65話 笹井さんとホワイトデー

 3月14日、ホワイトデーの朝がやってきた。春はちかいと言っても空気はキンキンに冷えている。ビールじゃないんだから、早くぬるくなってもらいたいものだ。

「あっ、わたなべ!」

 学校ちかくに予想どおり亜衣さんが待ち構えていた。おはようと言いながら手を差し出してくる。まあ、扱いやすい点が亜衣さんのいいところかもな。

 バッグからホワイトデーの紙袋を取り出す。

「これは?」

「ちょっと高級なゼリーだな。亜衣さんには足りないと思ってカロリーメイトのチョコ味をおまけしておいた」

「おまけって八百屋かよ」

 今日の亜衣さんは調子がイマイチみたいだな。風邪をひかないように気をつけてくれ。ボクのためにおまけまでつけてくれるなんて、愛だね、なんて言っていたが僕にはなにも聞こえなかった。

 僕は三原さんを殺し損ねたわけで、犯人がつかまって亜衣さんも僕が三原さんを殺したのではないと知ることとなった。僕は殺人犯仲間ではなくなったのに、殺人犯扱いしても否定しなかったのがやさしさだと勘違いしたらしく、素敵な男子ということにされてしまった。亜衣さんの僕好きは相変わらずだ。よころんでないぞ。

 亜衣さんは、わざわざ光輝くゼリーをとりだして朝日にかざして眺めたり、カロリーメイトがあることをたしかめたりしている。

「ありがとうね、うれしい」

 やめてくれ、笑顔を見せられたって僕は好きにならないぞ!

「あっ、バレンタインのときみたいに遅刻になるぞ、急げ」

 僕たち、いや、亜衣さんと僕は駆け出した。

「ゼリー1個食べてからにしたかったのにー」

「スプーンもないのに食えないだろ」

「スプーンがないなんて気がきかないなあ、わたなべは」

 カロリーメイト取り上げるぞ。そんなことやってる場合ではない。

 やっぱりギリギリ遅刻になってしまった。先生にまたからかわれた。セクハラだからな。あとのためにメモしておかないと。

 窓際の席の笹井さんは、目に殺意の炎を燃やしてこちらを見ていた。亜衣さんと登校したのは不可抗力なのに。笹井さんの焼きもちみたいに思うのはやめろ。どこからそんな自信が湧くっていうんだ。


 放課後、すみやかに帰宅し、部屋の最終チェックを繰り返した。何度繰り返しても完璧としか思えない。たぶん実際に完璧なんだ。

 家を出て前の道路に立つ。よっしゃ、こーい! 来いというのは、もちろん笹井さんのことだ。帰りに寄ってくれるようにメッセージを送ってあり、オッケーの返信ももらった。完璧。

 笹井さんが小走りでやってくる。僕が家のまえで待っているのが見えたんだろう。僕より目がいいんだな。笹井さんに気づいたときには駆け足になっていた。

「ごめん、待った?」

「待ったといえば、今日ずっと心待ちにしていたけど、家から出てきたのはすこし前だよ」

「はい、これ。今度は受け取ってくれる?」

 笹井さんのバレンタインだ。笹井さんごと受け取っていい? なんつって。

「もちろん。ありがとう」

 笹井さんはドジっ子だ、賞味期限が切れているかもしれないから、チェックしてからチョコを食べるんだぞ。自分に言い聞かせた。

「あぁ、1か月前に渡そうとしたチョコだと思ってるでしょ」

 げっ、なぜわかった。

「そんな顔してるよ」

 それじゃあ、笹井さんが好きって気持ちもバレてる?

「バレンタインのチョコはわたしがおいしくいただきました。今回のは、もう売ってるわけないから手作りだよ」

 ウィンク。ぐはっ。いまグサッと突き刺さっただろ、心臓に矢が刺さったはず。笹井さんは弓の名手だな。僕のハートに百発百中だ。そんなに射ってないか。

「あと、おまけもあるよ」

「なんだろ、見てもいい?」

 どうぞと言うから袋の中身を見る。なんじゃ、こりゃ。

「釣りナイフ?」

「そう、わたし釣りはじめたから、一緒に行こっ」

 二人でボートに乗ってトローリングでカジキを釣りに行きたいね。なぜそれで釣りナイフなのかは謎。三原さんの首を切ったのにひっかけてるのかな、かけちゃいかんだろ。それはいいや。

「はいってよ。さっそくお返し、ホワイトデー用意してあるから」

「ごめん、帰らないといけなくなっちゃったんだ」

 なんだとっ。

「お父さんが早く帰ってくるの。マッハで仕事を終わらせて帰るんだって。今日お父さんたち結婚記念日だから。それで、外食で出かけるの」

「ちょっと待って、いま取ってくるから。ちょっといいプリンだから冷やしておかないといけなくて、学校にもっていけないんだ」

 家に駆けこみ、冷蔵庫へ。ダイニングではココノが笹井さんより先にプリンを食べているところだった。僕のホワイトデーで間違いない。子供にはもったいない贅沢品だぞ、ありがたく食えよなっ。あ、しあわせそうな顔。今日のココノは天使バージョンだ。ありがてえ。

 冷蔵庫からプリンの箱を取り出し、ダッシュでもどる。笹井さんは、待っていてくれた。僕が頼んだんだけどな。

「はい。お店でデザート出なかったら食べて。ということは笹井さん、塾は休みか」

「そう。あとでノート写させてね」

 これは気合を入れてノート書かないとな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る