第62話 僕は挑戦していない

 僕は予定外に、笹井さんを殺そうとしたことまで告白してしまった。笹井さんとの仲はこれで決定的に壊れてしまった。でも笹井さんは首を横に何度も振っている。

「わかんないよ。なんでそんなこと言うの? わたしは元気だもん、生きてるもん」

「首を、絞めたんだ。笹井さんが風邪で倒れて家に連れて行ったとき、笹井さんをベッドに寝かせて。意識がもうろうとしている笹井さんの首を絞めて、頸動脈を押さえて、殺そうとした。殺したくてしかたなかった」

「じゃあ、殺せばよかったじゃない。意識がなくて抵抗しないんだから、確実に殺せたでしょ。そんな殺したふりして満足してる人に、三原さんだって殺せるわけない」

「でも、殺したんだ。三原さんは本当に死んだじゃないか。僕が殺したんだよ」

「わかった。これはわたしへの挑戦。渡辺くんの幻想はわたしがぶっ殺してやるんだからっ」

 笹井さんはチョコの紙袋をバッグにもどして立ち上がった。

「1ヶ月。1ヶ月で渡辺くんの嘘を証明してみせる。覚悟しておいてねっ」

 僕に人差し指を突きつけて言った。目は真剣というか、怒っていた。バッグを肩にかけて走り出し、すぐに展望台から消えてしまった。

 どういうことだ。僕の嘘を証明するって。犯罪じゃなくて? まったく逆だろ。


 先に行ってしまった笹井さんは、塾でもとなりの席にはすわらず、学校でも近寄ってこなくなった。

 うん、これでいいんだ。僕が望んだことなんだからな、満足だよ。亜衣さんがふたりになったみたいだったものが、またひとり分にもどっただけだ。

 心配はしていなかったけれど、警察が僕のところにくることはなかった。笹井さんは僕が三原さんを殺したという事実を嘘だと決めつけていた。僕のことを疑っているんだと思っていたけれど、ちがったということなんだろうな。

 そうなるとおかしなことがいくらもあるような気がするんだが。アリバイを聞いてきたり、鹿島にスパイさせたリ、夜釣りのときに堤防にあらわれたのだって、犯人が現場に戻ってくると思ったから見張っていたのだろうし。謎だ。


「わたなべ、笹井さんとまたなにかあった?」

「はっ?」

 亜衣さんになにか悟られたか? 僕の席に手をついて、僕を責め立てようというのか。

「だって、笹井さんわたなべのところにこなくなったし。ボクはひとり占めできてうれしいんだけどね。でも、笹井さんになにかやらかすなんて、わたなべらしくないなって思ってさ」

 亜衣さんが異変を察知するなんて意外すぎるんだが、今目の前の現実を見なかったことにはできない。笹井さんは生きていたミステリーのときといい、僕のこと好きすぎるものだから、よく見ているのだな。

「笹井さんを怒らせちゃったんだ」

 イルミネーションに浮かび上がる笹井さんの瞳には怒りの感情があらわれていた。笹井さんの気持ちにNOを突きつけるために僕が嘘をついたという、汚いやり口に対する怒りなんだろうな。笹井さんの勘ちがいなんだけど。

「それで?」

「それでって、それだけだ。今の状況の説明になってるだろ」

「それだけって、わたなべねえ。ボクが聞いてるのはそれでどうしたのかってこと、どうするつもりなのかってことだよ」

 机に手をついた姿勢から体を起こし、今は腰に手を当てている。偉そう。

「どうすると言ったって、過去をかえるわけにいかないし、変えたいなんて思ってないんだから、どうにもならない」

 なんだよ、亜衣さん。笹井さんが邪魔だったんじゃないのかよ。

「そっか、いいんだね。わたなべはボクのもの。そういうことだね」

「いや、ちがうだろ」

 うんうんと何度もうなづいてどこかへ行ってしまった。本当にいつだって僕の話を聞かないんだからな、亜衣さんは。


 3学期はあわただしく過ぎてしまうものだ。マラソン大会があって期末があって、はい終わりみたいな。3月がやってきて、ホワイトデーが視界にはいってきていた。

「10日は駅で待ち合わせね。時間はわたなべが電車の時間調べて決めてよね」

「どこか行くのか?」

 亜衣さんの顔から表情が消えた。どこか出かける約束でもしていたかな。

「ホワイトデーは動物園に連れて行ってくれるって約束でしょう?」

「あれ、本気だったのか」

 亜衣さんが頭をかかえる。バレンタインのときに要求されたやつだ。

「わたなべはいつもボクの話聞いてないんだからっ」

 それは亜衣さんだろ、心外だ。

「とにかく、14日は平日で学校があるから、当日はなにかお菓子をもらうことにして、10日に動物園へ行きます。わかった?」

 いや、わからん。なぜお返しをするほうが指示に従わなくてはならないんだ。理不尽だろ。

 癖みたいなもので笹井さんの方をちらと見たら、笹井さんがこちらを見ていて目が合った。すぐに反らされてしまったけれど。亜衣さんが騒ぐから笹井さん以外のひともこちらを見ていた。やれやれだぜ。

 亜衣さんも人を殺した罪人ではあるからな、学校で関わりをもつとしたら亜衣さんしかいないんだろうな。ほかのひととは、つい気兼ねして関われない。

「わかったよ。10日は動物園へ連れて行けばいいんだな」

「なにその言い草ぁー。でも、わかってくれたんならいいや。楽しみにしておいてあげる」

 そっちこそ、なんだその恩着せがましい態度は。しかしまあ、亜衣さんのポカリスウェットみたいな笑顔もわるくないかもしれない。笹井さんはバンホーテンのココアだな。ここで笹井さんをもちだしてどうする。往生際が悪いぞ、僕。

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