第61話 僕は言ってしまう
いい雰囲気を演出するイルミネーションに囲まれて、笹井さんにとうとう告白した、僕の罪を。
日が沈んで空の端に赤みが残り、白っぽい西の空から群青の東の空へグラデーションになっていて、町は影にはいってひっそり沈んだようになっている。
三原さんを殺したと言っただけでは、話が飲み込めないはずだ。なんの脈略もないからな。三原さんに夜の堤防ではじめて会ったときから話をはじめることにした。
「僕は夜釣りが好きなんだ。春と秋だけなんだけど」
一度言葉を切る。笹井さんは僕の夜釣りを把握していたのだと思うけれど、反応は示さなかった。聞くことに集中しているのか。
三原さんが海から堤防にあがってきて、僕は妖怪だと思い込んだ。三原さんが全裸だったことも隠さず話す。
キス未遂や謎の教室での抱き締め事件も、三原さんが僕の上に倒れ込んできてほっぺに乳首事件だって洗いざらいぶちまけてやる。笹井さんと話す機会はこれが最後なんだ、きっと。
とうとう、三原さんを殺す日まで話が進んだ。はじめて一緒に海にはいって、三原さんは沈んだ。たすけたけど、三原さんはひとりで歩けなくなっていた。おじいさんの小屋にもどって病気の話を聞かされた。
「三原さんは病気だったんだ。体が動かせなくなって、口も動かなくて話もできなくなる。ゆっくり体の自由が奪われていって、20年後に死ぬ。そんな病気だって。治せないとわかっていて、もう足に痙攣がきた。病気はそこまで進行していた」
三原さんは僕に抱きつき泣いた。つぎに僕にうしろから抱き締めてほしいと言った。僕は望みどおり背中にまわって三原さんの体を抱き締めた。
「三原さんを抱きしめながら僕は思ったんだ、美術品みたいに綺麗だな、病気で衰えるくらいなら、今殺したいって。そうしたら、三原さんが言ったんだ」
渡辺、わたしを殺して
笹井さんに話しながら、僕の耳には三原さんの声が聞こえた。あの瞬間の僕たちは思いが一致していた。奇跡みたいだった。だって、殺してと言う機会がある人生なんて想像もできない人ばかりだろ、同じくほとんどのひとはきみを殺したいなんて言うことはなく人生を終えるはずだ。レアケースが重なったんだからほとんど奇跡だ。
「渡辺くんのこと、大好きだったんだね」
笹井さんがおかしなことをいうから、顔を見つめてしまったけれど、目から涙を流していた。
「話聞いてた? キス未遂のときも教室で抱きつき事件のときも、三原さんは僕のこと好きだとは言わなかったんだ。今から思うと、死ぬ前にそういうことをしておきたくて、誰とするかはあまり重要じゃなかったんだよ」
「そんなわけないじゃん! そんなわけ、ないよ。好きな人じゃなかったら意味ないもん。ありったけの勇気をふりしぼって意味ないことなんてやんないもん」
そ、そうなのか? 勇気? 三原さんのあの行動は勇気が必要だったのか。僕は全裸の三原さんに幻惑されてまともな判断ができていなかったのか。奇行の数々と思っていたのは、みんな三原さんが頑張ってやったことなのか。
「三原さんは好きな人にツラい思いをさせたくなかったから隠してたんだよ、自分の気持ち。自分のこと好きって言ってくれた子が病気で動けなくなったり死んじゃったりしたら、好きじゃなくてもショック受けるでしょ」
たしかに、そうかもな。僕は三原さんのことなにもわかってなかったんだな。三原さんも今の僕と似たような心境だったということか。やっと三原さんを理解した気がする。
「わたしがかってにバラしちゃってよかったかわかんないけど、渡辺くんは大丈夫だもん。三原さんが渡辺くんのこと好きだったってわかってもツラくなんてならないもん。そんな人間らしい心なんてもってないよ」
はい? 最後思いっきりケナされてなかったか? ひとでなしって罵られたような。へへへ、悪くないけど。
「その通りだよ、僕はヒトデナシだ。釣りの道具箱から釣りナイフを出してきて、三原さんの首を切りつけたんだ。頸動脈を切って、僕は三原さんを殺した」
「渡辺くんも三原さんのことが好きだったの? 今でも好きなの?」
そんなわけないだろ。僕は三原さんを物のように扱って殺したんだ。好きなのは笹井さんだけだよ。でも、そうは言えない、言っちゃいけないんだ。くそっ。
「好きじゃなかったよ」
「じゃあ、わたしのことが嫌いなだけなんだ」
「えっ?」
なぜそうなる。逆だよ、僕は笹井さんのことが好きすぎるんだ。だから罪を告白したんじゃないか。
「嘘ついて、三原さんを殺したなんて言って、わたしから距離をとるためなんでしょ」
「嘘じゃない」
「嘘だもん。だって」
本当なのに。僕は人殺しなんだ。嘘をつくにしたって、僕は人殺しだなんて言わないだろ。なに言ってるんだ、笹井さん。
「嘘じゃない。本気だ。僕は人殺しだ。だから」
デートまでしたクラスメイトの男の子が人殺しだったなんて受け入れがたいな。でも、信じてもらわないことにははじまらない。
「だから?」
「もう僕とかかわらないほうがいい」
「ほら、それが言いたいから嘘をつくんだ」
「ちがうんだ、殺そうとした。僕は笹井さんを殺そうとしたんだよ。一緒にいたら、今度こそ笹井さんを殺してしまう。だから、一緒にはいられない」
ああ、言ってしまった。終わりだ。
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