第60話 僕は告白する?

 笹井さんがきた! 玄関のチャイムが鳴ったのだ。部屋をぐるり見回す。意味はない。何度も確認を繰り返したってオッケーであることにかわりはない。

 階段をおりる足がもつれそう。ここで頭から階段を転げ落ちたら死亡事故になりかねない。それはそれで幸せかもしれないが。

 玄関ドアを開ける。笹井さんが立っていた。よろこびが胸に広がる。くっそー、告白でぶち壊しになるかもしれないってのに。なんでこんなに好きなんだ。拳銃で頭をぶっ飛ばしたい。いや、死ぬだろ。階段を落ちるどころではないな。

「いらっしゃい、あがって」

「ううん、お邪魔はしないの」

「はい?」

「迎えにきたの、寄り道をしてから塾へ行くんだよ」

 たはぁ、部屋にあがるんじゃないのかよ。うちくるって行ったのにー!

「ごめん、言い方がわるかったみたい。渡辺くんの家に迎えに行くねって言いたかったの。そう言わなかったっけ」

「あ、はは」

 脱力。気も抜けたぞ。僕の昨日の苦労って。相手は笹井さんだった。油断していたな。


 僕は塾へ行く準備をして自転車で出発した。笹井さんは町で唯一の山へ行くと言った。山と言っても、丘くらいのものだけれど。下から歩いて15分、車なら頂上の駐車場まで行けてしまう。

 展望台もあるけれど、地元民もバカにしてわざわざ展望台で景色を見ようなんて思わない。年に1回ゴミ拾いをするイベントがあって、小学校の頃参加したときに頂上まで行ったことがあるくらいものだ。

 いっちょまえに登山道があって、入口の横に駐輪場がある。頑張れば舗装道路を自転車で登って行けなくもないんだが、歩いた方が楽ということで自転車を置いて山に登る。登山道に雪はなく、横の林みたいになったところにはぽつんぽつんと雪が融けのこっていたりする。

 歩く足元がふわふわする。僕は浮かれているのか、こんなときに。これから告白するってのに。地獄へ落ちるかもしれないのに。笹井さんと山登りルンルンなのか。恋は偉大だな。


 平坦な道を登校するよりはハード、でもまだ元気なまま頂上の展望台のあるところまできた。5時を過ぎて日没が近い。夕焼けが終わりそう。展望台の手前、展望デッキにあがってみたら、冷たい風が吹き付けるけれど、この高さの建物はさすがになくて、解放感はあった。

 板敷の展望デッキを端まで行って町を見おろす。学校も家も遠くてわからない。海は近く感じる。僕の釣り場、堤防もわかる。人がいるかどうかまではわからないか。

「景色いいね」

「そうだな。バカにできない」

 展望台もある。四角い板張りのフロアの角に2階があって山から張り出した感じになっている。こことたいして違わないように思うけど。あっちのほうがいいのかな。

 笹井さんのあとについて階段をあがる。笹井さんはスカートじゃないからな、のぞきたいなんて思ってない。スカートでないことがすこし残念なだけだ。

 笹井さんは展望台の端にあるベンチにすわった。僕も疲れてきたからとなりにすわる。

「渡辺くん、ミルクティーだけど、飲む?」

 バッグから水筒を出す。僕のために用意してくれたのか。感謝で涙が出そう。ありがとうと言って、プラスチックのコップをうけとる。

 ベンチからも町が見おろせる。町はそのまま僕たちのちいさな世界だ。この高さからでもほとんど平らに見える。人間の営みは地面にへばりついておこなわれているのだな。ちっぼけなものだ。

 大きな空からななめの光線で陰影がつき、昼間どころか世界が終わりそうにドラマチックだ。となりに笹井さんがいると、一緒に世界の終わりを見届けようとしているような気分になる。僕たちになにがあろうと世界は存在しつづけ、たいした変化もしないんだけど。

 僕としたことが、緊張している。ミルクティーを飲んでも落ち着けるものではないし、寒さの中で体があたたまりもしない。手は冷たく力がはいらないし、膝はふるえて貧乏ゆすりみたいになっている。

 笹井さんはスマホの画面を見てカバンにしまった。時間を見たのかな。カバンから小さな紙袋を出す。きっとチョコだな。これから僕に渡そうというのだろう。

「あの、渡辺くん」

「笹井さん、僕から先に伝えなくちゃいけないことがある」

 チョコを渡される前に、僕から告白しなくちゃいけない。そのあとで、笹井さんがどうするかはわからない。けど、やらなくちゃいけないことはやらなくちゃいけない。頭が混乱している。考えるのはやめだ。

「僕は三原さんを殺したんだ」

 パッと周囲が明るくなった。LED電球のイルミネーションが点灯した。展望台も下の展望デッキもイルミネーションで恋人たちが好むロマンチックな雰囲気だ。そんな雰囲気の中、僕は間抜けにも自分の罪を告白した。

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