第59話 亜衣さんはチョコをくれる
バレンタインの日になってもやっぱり雪は道の端に融けのこっていて、大人たちの腹の中のように黒く汚れて醜態をさらしている。登校中の僕の視界の先に不吉に亜衣さんが立っているのが見えた。
「おはよう、わたなべ。はい、これ。チョコだぞ、ありがたく受け取るがよい」
「おう、おはよう。んん、あ、ありがたく頂戴いたします?」
チョコを渡すために寒い中僕をここで待っていたのか。本当に尽くすタイプっぽいな、亜衣さん。愛が重いとも言う。亜衣さんのことが好きでもない僕にしてみれば、よけいなことはしてくれるなと思うんだが。
「なんでそんな話し方。やっぱり面白いね、わたなべ」
「そっちの話し方に合わせてやったんだろ。面白くない」
まったく面白くない。
「一番にチョコ渡したくて待ってたんだよ」
「それはわかってたよ」
それを言っちゃうところが亜衣さんだな。二番も三番もないと思うが。いや、笹井さんがくれると期待できるのだった。笹井さんの前に亜衣さんからもらっちゃってよかったのか? 返すか? いや、まずいか。うん、亜衣さんからもらったことは忘れよう。
僕は遅刻ギリギリをねらって登校している。亜衣さんとの立ち話に時間をとられて、ギリギリ遅刻というところだろう。速足になって学校を目指す。
「今日も寒いな、早くあたたかくなってもらいたいものだ」
「そうだね、あたたかくなってデートしたいね」
「デートォー?」
つい立ち止まってしまった。そんな話は初耳だぞ。亜衣さんも止まる。
「チョコあげたんだから、来月のホワイトデーにはお返しがあるでしょ? お返しはデートがいいな」
忘れようとしていたのに、ほじくりかえすな。亜衣さんとデートとなると、スポーツジムとか? 行きたくねえ。さらに早足になって歩きだす。僕が追いついたところで亜衣さんも並んで歩きだした。
「あの、食べたいものとか」
「もので済ませようとするー。渡辺つめたい」
つめたくても仕方ない間柄だろ。
「そんなつめたくしていいのかな?」
急いでいるんだから耳もとで囁くな。全身がぞわっとするだろ。でも、そうだな。クラスメイトだしな。一緒に崖から落ちた仲でもあるし。いや、たすけてやっただろ。
「ちなみに、僕と行きたいところとか。あったりするのか?」
「うーん、どこでもいいんだけど、動物園とか?」
「動物好きなの?」
「うん、好き。強くて大きいのとか」
ぜったい僕のこと好きじゃねえだろ。
「あ、ちっちゃくてかわいいのも好きだよ?」
忘れてたみたいに付け足さなくていいよ! 変な気をつかうな。かわいくないしな。
校舎の玄関をはいったところでチャイムが鳴りだしてしまった。僕は走った。走りたくなんてないのに。亜衣さんのせいだ。その亜衣さんはスポーツやるひとみたいによいフォームで僕のとなりを余裕で駆ける。2年の教室は3階で、ルートはすぐに過酷な階段になる。
「あとから行くから、お前は先に行ってくれ。すぐに追いつく」
「なにそれ、アニメかなんかのセリフ? 言いたいだけでしょ」
指摘するな、恥ずかしくなるから。階段を登るのがツラい。駆けあがろうとしても足があがらなくなる。
登り切ったところから駆けようとしても足の疲れがとれてないから、階段をあがっているときとかわらない。足がまえに出ない。廊下の先に先生が教室にはいるところが見えた。くそっ、これで遅刻確定だ。先生がドアを閉めたすぐのところで教室に踏み込んだ。
「おっ、渡辺。仲良く遅刻か、青春だな。でも浮気は感心しないぞ」
くそっ、セクハラだからな。
「本命からもチョコもらえるといいな」
チョコって、あっ! 亜衣さんからチョコの包みを受けとってカバンにしまう暇なかったから手にもったままだった。教室にはいってすぐが僕の席、カバンと一緒に机の上に載せた。亜衣さんからチョコをもらったことを忘れるどころか笹井さんにバレてしまったじゃないか。最悪の展開だ。僕のアホー!
すでに亜衣さんからチョコをもらったことを忘れていたともいえるか。やっぱり僕のアホー! 忘れんぼ将ぐぅーん!
「先生、ボクが本命なんだってばー!」
「そうだな。ふたり遅刻と」
「扱いが雑ぅー!」
僕は笹井さんの方を見られなかった。なぜだ。笹井さんが焼きもちでほっぺをふくらませていると思うからだな。僕のことを好きだと確信しているんだ。たいした自信だよ。殺人犯だと疑われるのはご免だが、好きになってもらいたいなんてずうずうしいだろ。
今日の笹井さんはいつもとかわらなかった。僕はそう感じた。帰宅後、部屋の最終確認をして手持無沙汰だ。笹井さんを部屋に迎えいれる準備は昨日のうちに終らせていた。今日は確認を3回ばかりやっただけだ。
部屋に女の子をあげる日がくるとはな。僕はまだ中学生だぞ。しかも三原さんを殺した僕だぞ。いいのか、こんなことがあって。
ああっ! そうか!
僕は笹井さんの本当の目的に思い当たってしまった。家宅捜索。そうだったのか、証拠を探そうということか。だが、この部屋に証拠なんてどこにもないぞ。
やっぱりちがうか。笹井さんは僕のことが好きでチョコを渡すためにくるんだな。僕だってもう笹井さんのことが好きで、ごまかしようがないところまできてしまった。
そうだな。覚悟を決めて、僕から告白するしかない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます