第57話 笹井さんは僕が好き?

 笹井さんは僕のスマホのパスワードを解除してメッセージアプリのIDをかってに登録していた。うすうす気づいていたけどな。はじめてメッセージがきたとき変だとは思ったけど、害はないからついスルーしていた。

 さらには、家のカギの合鍵を作って、ときどき忍び込んでいた。ああ、それで風邪で寝ていたときベッドの横に笹井さんの幻がいたことがあったんだな、納得。なんてするわけあるか! 

 なんじゃそりゃ! そんなことしてたなら避けていいだろ。立派にストーカーじゃないか。いや、違法捜査か。探偵行為を逸脱しているだろ。

 でもあまり追及するのは逆に僕の立場をわるくするんだよなあ。なぜそんなことしたの? だって渡辺くんが三原さんを殺したから、それを証明しようと思って。という展開が待っている。ダメだ、この方向に進んではいけない。

 ともかく、笹井さんは殺されそうになったことをおぼえていない。すくなくともそのことを追求してはいないんだ。セーフ。セーフなのかな。笹井さんはそれでよいのか、殺されたいのでは。それはさておいて、笹井さんを避けていることにしてはマズいな。

「笹井さんのやったことは、なんというか衝撃的事実で犯罪行為とも言えるわけだから、メッセージアプリの件はいいとして作った合鍵は僕に渡してくれるかな」

「ごめんなさい」

 笹井さんは頭をさげつつ、合鍵を僕に捧げた。手からつまみあげる。

「あと、僕の方こそごめん。笹井さんのこと避けてるつもりはなかったんだけど、入院したり風邪で学校休んだりして勉強が進んでいないって感じていたから、ひとりで集中して勉強したかったんだ。どちらかというと、亜衣さんを避けたかったかな。すぐに僕のところくるから」

「そう、なんだ。だよね、亜衣さんはちょっと渡辺くんにくっつきすぎると思う」

 笹井さんはカニ歩きして僕にぴったりくっつき、腕をからめてきた。これはなにかな。

「避けられてなかったんだ。よかった。ずっと寂しかったし悲しかったよ」

「ご、ごめん」

「ううん、わたしがかってにそう思ってただけだもん。渡辺くんはわるくないよ」

 笹井さん、いじましい。かわいい。かかとをあげてから着地、なにかタイミングをはかった? うさぎジャンプ?

「来週の水曜日、一度帰ってから渡辺くんの家に行くね」

 なんだとっ? 行っていい? じゃなくて、行くねなのか。僕に選択権なし。

「水曜は塾だけど」

「塾の前に」

「前ね」

 なにがどうなってる? なにが起こっているんだ。笹井さんは腕をほどいて行ってしまった。お母さんが車で迎えにきていたみたいだ。


 笹井さんミステリー・パート2を抱えて、僕は自転車をこぎ家に帰った。体は冷え切り、頭の中はもやがかかっていた。考えられないのに考え過ぎたからだ。なにを考えたらよいのかわからないのだから、僕の優秀な頭脳も空回りするしかない。車で言ったら、暴走族みたいに爆音を立ててエンジンを空ぶかししていた。

 部屋に塾の荷物をおろして夕食を食べにリビングへおりる。食器棚の横にカレンダーがある。コップを出し牛乳を飲みながらカレンダーを見た。来週の水曜日というと、いつだ? 僕は牛乳を吹きだした。

「なにやってるの、汚い」

 僕が食べ終わったら皿を洗うつもりでテレビを見ながら待機していた母さんに苦情を言われた。牛乳を吹きだすだけでは足らず、僕は咳きこんだ。気管にはいった。復活するまで苦しかったぞ、これも笹井さんの罠?

「来週の水曜って14日じゃねえか。バレンタインだろ」

 2月14日、日本では全国的にバレンタイン・デーであって、基本的には女子から男子にチョコを渡し、好きという気持ちを伝える由緒正しき日ではないか。笹井さんが僕にチョコをくれる? それと殺人事件の探偵と関係あるか? ない! 断じてない! よな? 自信がなくなってきた。

 笹井さんは僕のことを疑っているのではなく、僕のことが好き? いやいやいや、笹井さんだぞ、人類を超越したドジっ子だ。そうだな、あやうくダマされるところだった。笹井さんが指定した日がたまたまバレンタインと一致しただけだな。きっと笹井さんはバレンタインだと気づいていない。

 僕は雑巾をもってきて、吹きだした牛乳を拭きとった。


 笹井さんは、休み時間のたびに僕の席にやってくるようになった。亜衣さんがふたりになったようなものだ。しかも亜衣さんと言葉の応酬をしているような。なんだこれ。もしかしてラブコメ的展開? どちらが僕をゲットするか争っているのか?

 笹井さんのミステリー・パート2は、笹井さんは僕のことが好きに傾く。でも、笹井さんが僕を好きになる要素ってなにかあるか?

 ミステリーか。ミステリー好きという共通点がある。席がとなり同士だった。でも、話をするでもなく、笹井さんのドジの被害者になったことなら何度もあるくらいだ。

 あった、笹井さんを罠にかけようとして、僕が肋骨を折って入院する羽目になった事件が。自分をたすけようとした王子様のように思っているのか、僕のことを。勘違いはなはだしいけれど。

 笹井さんは本当に僕のことが好きなんだ。バレンタインにチョコをくれる。決定。笹井さんのミステリー・パート2は完全に解決した。

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