第56話 笹井さんと修羅場?

 たしかに僕は笹井さんを避けて逃げまくっているわけだが、それに亜衣さんは笹井さんとふたりきりになることを防いでくれて便利なわけだが、亜衣さんにそのことが見抜かれるとは想定していなかった。

 なぜ笹井さんを避けているかって? 亜衣さんに言えるようなことなら避けたりしない。

「別に避けてないだろ」

「なんでよりによって亜衣さんなんかに僕の行動を見抜かれたんだって顔してるよ」

 図星。僕のポーカーフェイス役に立たないな。

「そんな顔してない」

「わたなべって本当に失礼だ。もっといい扱いしてもいいと思う、ボクってけっこうかわいいのにさ」

 シナをつくってウィンクしてくる。そういうとこやぞ。安っぽい売り込みが自分の価値を落としていることに気づくべきだな、亜衣さん。雑に扱えていいからほうっておくけど。これで本当にかわいくなってしまったら、僕はたいへん居心地のわるいことになる。

「よりによって亜衣さんなんかにってとこかよ」

 亜衣さんといるとツッコミ疲れしそうだぞ、僕は。


 亜衣さんも避けるべき対象となってしまい、僕は教室に居場所を失った。かわりの居場所は近くに見つかった。教室を出て廊下を進み、廊下の終わりの左手にある教室。我がオアシス、またの名を音楽室という。

 日本人はまだCDが好き。父さんから借りてきたCDを音楽室のオーディオ機器でかける。父さんは暇人らしく、釣りのほかに音楽の趣味もあるのだ。ロック、ジャズ、クラシックと大量の音楽ソフトをため込んでいる。父さんが死んだら僕が相続して中古屋に売ったらひと財産になるに違いない。楽しみだな。

 おおっと、父さんには長生きしてもらわないといけないんだった。僕とココノの生活費と学費を稼いでくれるんだからな。父さんの存在意義って。僕は父さんのようにはならないぞ。結婚して子供ができたら仕事よりも家庭優先だ。

 むしろ働きたくなんてない。そのために今勉強を頑張るんだ。すこし働いていっぱい稼げれば楽だし、十分に稼げればあとは働かなくてよくなる。そのことに気づいている中学生はすくない。競争相手がすくないのだから楽勝である。


 笹井さんと同じクラスというのが危険ではあるが、僕の働かなくてよい未来のために塾を休むわけにはいかない。今日も有意義な授業であった。

 通うのに自転車に乗らなければならないところがツラいのだけれど。2月は寒さが厳しい。早く春よこい。

 塾の建物から出て、駐輪場に向かう。冬のことで自転車で通うのをやめた生徒もいて自転車の数は減ったものの、何重にも駐輪された自転車の奥にはいってしまうと取り出すのが大変だ。駐輪スペースが狭いからこうなるのは仕方ないことだが、毎度メンドクサイことだ。

 どうにか自分の自転車を探し当て、殺到したオウムのごとき状態の自転車の混雑の中から引っ張り出した。ひと仕事である。

「ふぃー、大変だった」

「渡辺くん」

「おわぁ!」

 笹井さん! しまった、自転車に集中しすぎて存在に気づかなかった。僕の横に立っていた。まずい、ほぼふたりきりだ。窓から下の道路をのぞいて迎えがくると降りてくる生徒がチラホラいるくらいだ。すぐに車に乗り込んで去ってしまう。

 笹井さんに問い詰められて、僕はすべてを白状してしまうのか。

「笹井さんか。今日も授業はやくてついていくの大変だったね。さよなら」

 ここは逃げに徹するべし。うん? うしろにひっぱられる。

 笹井さんが僕の上着の裾をつかんでいた。かわいい。そうじゃない。どうする、振り切って逃げるか?

「あの、お礼が言えてなくて」

「はい?」

 僕の犯罪を暴露するために話しかけてきたんじゃないの?

「風邪をひいて渡辺くんの家のところで意識なくなっちゃって。渡辺くんがたすけてくれたのは記憶にあって。ありがとうね。でも、そのあとのことよく覚えてないの」

 覚えてない? それって。

「部屋まで運んでくれたんだよね。お母さんに聞いたんだけど、パジャマが出ていたって、渡辺くんがあわてて帰ったみたいって。恥ずかしくなってパジャマに着替えさせられなかったんだろって」

 笹井さんが僕の上着の裾をつかんだままで、自転車で帰る生徒がやってきては、ジロジロと見てくる。どう解釈したものか男の方クズだなとか言って去ってゆく。僕に聞こえないようにしてくれるかな、傷つくから。

 修羅場と思われたらしい。ある意味修羅場ではあるんだが。

 でも、わたしのこと殺そうとしたよねなんて言ってこないということは、ちょうど首を絞めていたところの記憶もない? それなら都合がよいのだが、おぼえてない? なんて聞いたらこっちから白状することになる。くう、もどかしい。

「あと、渡辺くんの風邪はわたしがうつしたんだよね、ごめんなさい」

 風邪のことはどうでもいいんだが。

「何日も学校休むことになって、体調悪くてツラかったよね」

「いや、ぜんぜん」

「え? でも怒ってるんでしょ?」

「まったく怒ってないけど。肋骨折って入院したくらいだし、風邪くらいなんでもないよ」

「じゃあ、なんでわたしのこと避けるの?」

 しまったぁ、こういう展開になるか。笹井さんの罠。僕が殺そうとしたこと覚えてないの? そんなこと聞けるかぁ!

「もしかして、かってにメッセージアプリのID登録したから? それとも、合いカギ作ってたまに家に忍び込んでたのがバレた?」

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