第55話 笹井さんのミステリー
笹井さんとふたりきりになるのを避けつつ授業を乗り切り、僕はどうにか帰宅することに成功した。笹井さんに、わたしのこと殺そうとしたでしょ、三原さんも殺したんだよねと追及されたら、僕は罪を告白するしかなくなってしまう。
笹井さんから逃げまくってやる。そのあいだに、笹井さんのミステリーを解くくらいのことはしなければならない。
考えるには風呂が一番、布団が二番。夕食後、風呂に浸かりながら考える。いやー、快適快適。疲れがお湯に流れ出るようだ。はぁ、たまらん。
はっ、意識が飛ぶところだった。体がびくっとしてしまったぜ。いかんいかん。笹井さんはどうやって生き返ったのか、このミステリーのことを考えないと。
笹井さんは生きている。これは間違いない。亜衣さんだけでなく、ほかのクラスメイトとも会話をするところを僕は確認している。あれが笹井さんではない別のものだというほかには笹井さんが生き返ったと考えるしかない。
ではどうやって? 僕に殺されたあと生き返る方法、魔法か。誰かが魔法で笹井さんを生き返らせた。中二病かよ、ないな。
生き返る方法なんて存在しない。よって、笹井さんが生き返るなんてことはあり得ない。生きている状態にもどることがなくなったことを死ぬというんだからな。生き返るという言葉自体が矛盾している。生き返るなんていうやつは京極堂に説教されてもらいたいくらいだ。さっきの僕だな。ごめんなさい京極堂、死にたくなるほど説教してくれ。
笹井さんは生き返ったのではなく、死んでいなかったのだ。
笹井さんはなぜ死ななかったんだ。これが笹井さんのミステリー、修正バージョン。僕は頸動脈を押さえて脳への血流を奪った。脳は血流が止まれば酸素も栄養もなくなって死ぬ。脳が死ねば体も死ぬんだ。ということは、血管の押さえ方が悪かったのか。
いや、待てよ? 脳への血流を止めるって話があったな。柔道の絞め技だ。絞めて落とす。あれは意識を失うんだ。死んでいない。ほっぺを叩いたり、顔に水をぶっかけたりして意識をもどすなんてことをする。僕は知っているぞ。なんでも知っているからな。
ということは、血管の押さえ方が悪かったのではないな。あのときの笹井さんは脳への血流を失った。でも意識がなくなっただけで、死んではいなかったということか。そういえば、笹井さんがぐったりしたから死んだと思ったけれど、脈をとったり、しばらく観察したりはしなかった。むしろ、警察関係者のお父さんが帰ってくるんじゃないかなんて無駄な心配をして急いで笹井さんの家を出たんだった。
そうだな、これで謎は解けた。間抜けな話だった。
僕が殺そうとしたことは笹井さんにバレている。これは確実。三原さん殺害を疑われているんだから、そこも確信に至っているはずだ。となると、笹井さんのつぎの一手は? 証拠を突きつけて謎解きをする? 謎なんてなにもないけど。犯人の暴露だけだな、すべきことは。
証拠ってあるかな。三原さんを殺したナイフか。あれは大丈夫だ。秋に夜釣りをしたときに道具箱にあった。量産品だからな、ナイフの型なんかがわかっても、僕にたどり着くことはできない。現物が出ない限りはな。
指紋はどうだろう。残っていても問題ないか。三原さんに堤防で会って小屋に入れてもらったことがあると、本当のことを言えば済む。凶器から出た指紋や血のついた指紋でなければ言い逃れができる。
あとのことなんて考えずに三原さんを殺してしまったけれど、うまくやったんじゃないか、僕。笹井さんの存在だけが心配の種だが、距離をおいて問い詰められることがないように気を付けることにすればいいか。笹井さんと話したり一緒に過ごしたりできないのは寂しいけれど、もともと僕は殺人犯なんだ、笹井さんと仲良くするなんてことを期待しちゃいけない。
最近は近づきすぎていたんだ。僕は恋におぼれていた。冷静さをとりもどして本来の形にもどるだけだな。笹井さんだって、自分を殺そうとした人間と仲良くしようなんて思わないはずだ。
いや、待てよ? 笹井さんは僕に殺されたがっているのではなかったか? だから、僕も殺そうという気に、なったわけではないな。笹井さんに覆いかぶさるようになった時に殺したいと思ってしまったんだった。笹井さんが殺されたがっているというのは、僕が都合よくでっち上げた妄想なのか。
「いつまで風呂はいっているの。死んでるかとすこし心配したじゃない」
「ふぇっ? ああ、起きてるよ」
「寝てたの? 溺死するから、あたたまったら出てきなさいね。しずかちゃんでもあるまいし」
母さん、死んでるかと思ったならすこしじゃなくて大いに心配していいと思うんだが? お湯は冷めてぬるくなっていた。寒い。また風邪をひきそう。
方針は決まった。笹井さんから逃げまくる。3学期を乗り越えれば別々のクラスにかわるだろう。大丈夫だ。
笹井さんから逃げまくる日々、亜衣さんが使えることを知った。なにせ、いつだって僕のところにやってきて笹井さんとふたりきりになることを防いでくれるんだからな。
「ねえ、わたなべ。なんで笹井さんのこと避けてるの?」
えっ?
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