第54話 笹井さん幻になる?
僕の体調はまだよろしくないらしい。笹井さんの幻が席について授業を受けているのだから。
それとも脳が熱にやられて障碍になったのか。それは困るな。笹井さんが見えるだけなら歓迎だが、ほかのところに支障がでては僕の将来に嵐を呼ぶことになってしまう。
休み時間になった。朝の会は先生の話が長引いて1時間目のチャイムが鳴ってやっと終わったものだから休めやしなかった。調子に乗ってしゃべりすぎなんだ。すこしトイレに行きたい気分になっている。
「わたなべ復活してよかった。わたなべいないとつまらないもん」
「僕は亜衣さんのおもちゃじゃないぞ」
亜衣さん、休み時間のたびにわざわざ僕の席までこないでくれ。愛が重いぞ。
「ひどーい、わたなべのことおもちゃだんて思ってないのに。好きな人に会ってお話したいという女心がわからないかなぁ、ぽっ。ま、わらかないか。わたなべだもんね」
僕の評価が定まらないんだが。亜衣さんは僕のこと本当に好きなの? けなしたいの? それが女心か。僕にはわからん。
「渡辺くん、元気になってよかった」
ん? 笹井さんが僕に話しかけてきた。僕の幻力って半端ないな。本物の笹井さんとどこもかわらないじゃないか。
「どうかした?」
これは、反応したらおかしいよな。僕にしか見えていない笹井さんと会話したら亜衣さんはなにやってるの? と思うこととなり、僕に笹井さんの幻が見えていることがバレてしまう。そうなったら、なぜ笹井さんの幻が? もしかして笹井さんを殺したのわたなべなんじゃない? 三原さんも殺したし、とドミノ式に三原さんと笹井さんを殺したことがバレてしまうことに。
待てよ。笹井さんのことを一番に話題にしないということは、まだ笹井さんが殺されたことは亜衣さんも知らないんだ。三原さんのことだって、本人がかってに言っているだけだし。亜衣さんのこと警戒し過ぎだな。
「どうしたの、わたなべ。まだ風邪よくなってないんじゃない? 笹井さんが死んじゃって、その幻が見えるみたいな顔してるよ」
まさにその通りなんだが、僕って本当にそんな顔ができるの? 亜衣さんの特殊能力でありもしない表情が読めてるのではなくて?
「やだなあ。わたしのこと殺さないでよ、亜衣さん」
「えへへ。邪魔者は消す主義なのだ」
怖いこと言ってるな、亜衣さん。人を殺したと言っている亜衣さんの言葉と思うと背中に冷たい空気が流れるんだが。
「あの、僕トイレっ!」
僕は席を立ち、廊下に向かった。振り向いてもやっぱり笹井さんは存在感をもって僕の席のところに立っていた。こっちを見て不審がっている。幻になっても僕のことを疑うんだな。
亜衣さんも笹井さんが見えているし、声が聞こえているとしか思えない。だって、さっきふたりの会話が成立していたんだからな。笹井さんが亜衣さんに反応するのは、僕が作り出した幻だから問題がない。でも、僕の幻笹井さんの言うことに亜衣さんが反応するのはおかしいだろ。
じつは僕がしゃべっているのか? 僕に聴こえる笹井さんの声は、僕がかわりに発している? でも僕が笹井さんになりきって、わたしのこと殺さないでよって言っても亜衣さんはあんな返しをしないだろ。僕に合わせてくれているとしたら、亜衣さんの話合わせ力すご過ぎってことになる。亜衣さんはそんな子ではない。人に合わせられるような器用さはもちあわせていない。となると、どういうことだ。
考えごとをしながらトイレを済ませ教室にもどってきた。手は忘れずに洗ったぞ。前のファスナーも閉めた。さっき廊下で念のためチェックしてオッケーだった。笹井さんは、席にもどっていた。もう予鈴が鳴ったからな。
ええっ!
教室のドアのレールをまたいだ瞬間、僕はひとつの可能性に思い当たった。いや、そんなたいそうなものではないか。誰だってそう考える、考えるしかない。笹井さんは、生きている!
するとどうなる? 僕は笹井さんを殺そうとして失敗した。笹井さんは僕が殺人鬼だと知った。三原さんを殺したのも渡辺くんねと、疑いが確信にかわっているはずだ。
さっきは犯人の指摘をしようと僕の席にきたのか。亜衣さんが邪魔でそんな話ができずにいるうちに僕が席を立ってしまった。僕にだけ伝えようとしたのは笹井さんのやさしさか。僕は覚悟を決めなくてはいけないな。
それにしても、笹井さんはなぜ生きているんだ。もしかして何人もの笹井さんが培養されていて、殺されるたびにあたらしい笹井さんが登場するのか? アニメじゃあるまいし、ないな。
となると、僕は笹井さんの家に行った時点で風邪をうつされて熱が出ていた。ぼうっとしていて首なんて絞めていなかったのに、あとからぼうっとした記憶をハッキリさせるために僕の脳がデッチあげた結果が、笹井さんの頸動脈を押さえて殺した記憶になったのか。うん、あり得る。
この理論の欠点は、熱が出たのはもっとあと、つぎの日の午後だということだ。あり得たけれど、現実には合わない。
笹井さんは人類を超越したドジっ子だ。ということは、死んだのにドジって生き返ってしまったのか。それはドジとは言わないな。生き返ったなんてことになったら、キリスト教のイエス伝説並だ。笹井さんが神の子に認定されてあがめたてられてしまう。日本では生き返ったくらいでは大したことないか。
これは、笹井さんのミステリー。僕への挑戦だな。
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