笹井さんは気づいてる?

第52話 僕は寝込む

 僕は笹井さんを殺した。昨日のことだ。まだ手に笹井さんの首の感触が残っている。目を閉じて手を前にもってくると、また笹井さんの首に触れるような気がする。笹井さんを感じる。


 朝、教室に笹井さんの姿はなかった。当り前だな。

「おはよ、わたなべ」

「おう、亜衣さん」

 僕の席までわざわざやってくるな。亜衣さん、じつは好きな男に尽くすタイプなのかな。ショートカットのボクっ子で、女子にモテそうなのに。どうでもいいな。

「わたなべがきたということは、笹井さん今日やすみか」

 僕を基準にするな。たしかに遅刻ギリギリを狙っているけどな。

「笹井さんきてないのか」

 白々しかったか? 教室にはいった瞬間にいつだって笹井さんの席はチェックするんだけど。習慣で今日も目が笹井さんの席に向かった。

「風邪かなあ、昨日熱ありそうな顔してたもんね」

「そうなのか?」

 これまた白々しかった? 亜衣さんにはバレないだろうから雑な演技でもかまわないだろ。

 チャイムが鳴って、鳴り終わったところで先生が教室にはいってきた、僕の目の前をとおって。廊下側の一番前の席というのは、嫌なものだ。

 日直の号令があって朝の挨拶をした。

「笹井は休みな。ほかにきてないのは? 全員いるな」

 笹井さん休み? 三原さんのときは死体が出るまで休み扱いだった。生きているかもしれなかったからな。でも、笹井さんは部屋に残してきたんだ、もう死が確定している。なのに休み扱いにする意味がわからない。

 笹井さんのお父さんは警察関係者だ。警察の仲間が殺されたようなもの。きっと普通の殺人事件より執念をもって捜査しているはず。それなのに休み扱いというのはどういうことだ。僕には警察の考えがわからない。もどかしい。僕が帰ったあと笹井さんが歩きだして家を出たということはあり得ないし。

「どうした、渡辺。笹井が窓の外をソフトクリーム食べながら歩いてるのでも見たような顔してるぞ。見ていたらつまづいてアイスの部分を落としちゃったんだな」

 どんな顔だよ。表情豊かすぎるだろ、僕。読み取る方も読み取る方だぞ、そんな複雑な内容。窓の外って、ここは3階だしな。アイスを食べるには寒いし。でも、笹井さんならアイスを落としそうだ。超絶ドジっ子だからな。そこではないな。

「寂しいのか心配なのか知らないが、授業は最後までしっかり受けろよ?」

「さ、さみ。な、なにを」

「え? 笹井への気持ちを隠せていると思ったのか? バレバレだぞ、クラス全員気づいてるだろ」

 なっ! バカな。いや、そんなわけない。先生のデマカセにちがいない。つーか、今の発言セクハラだからな。

 振り向いて全員の顔を見渡す。ウソだろ。みんな真顔でこちらを見ている。気づかれてないと思ったの? マジ? という顔だ。お前らもいいかげん表情豊かだぞ。くそっ、こんな学校爆破してやる。

「先生、ちがいます」

「うん? なにがちがうんだ?」

「わたなべが好きなのはボクだもん」

「うーん、あれだな。片想い」

「バカな」

 もうやめてくれ、亜衣さんまで致命傷を負う必要はないだろ。僕を巻き添えにしてるし。僕はもうズタボロだよ。早退していい?


 笹井さんはこの世を去った。今は僕と一緒にいる。いつだって笹井さんを感じられる。胸のあたりがあたたかいのは心が満たされているからだな。笹井さんが好きという気持ちと、気持ちが受け入れられた満足感が僕の心をあたためる。

 あたたまっているはずなんだが、寒いな。さっきから震えがとまらない。この席のせいだな。席が寒い、体が寒い。心はあたたかいのに!

 授業中も寒くてしかたなく、勉強に身が入らなかった。給食ものこした。食欲がわかなかったのだ。

「わたなべ、どうしたの? なんか熱あるんじゃない?」

「へ? そんなことはないだろ。僕の体調管理は完璧なはず」

 夜は早めに寝て、朝はゆっくり起きる。運動はできるだけ避け、食事は苦しくなったらやめるし、タバコも酒もやらない。健康のために生きていると言っていいくらいだ。

「ちょっとおでこ貸してみて?」

「おい、なにをする」

 亜衣さんの顔がちかづいて、キスされそう。いや、額をつけて体温をくらべようというのはわかるが、相手が亜衣さんとなると油断はできん。僕のことを好きだなんて言う変態だからな。僕は体を張りすぎか?

「やっぱり熱いよ。保健室で寝てなくちゃ。ボクが添い寝してあたためてあげるね」

「狙いはそっちだろ」

 油断できん存在だ、亜衣さん。

「俺が連れて行くから、保健室行こうぜ。寝てた方がいいってのは確かだ」

 鹿島まで、僕の体調管理を疑うのか。

「なんだよ、渡辺。泣くことないだろ。俺のやさしさがそんなに身に染みたのか?」

「泣いてなんてないやい」

 ただ、涙が流れるのを止められないだけだ。なぜ涙が流れるのか、僕にもわからない。


 保健室で目を覚ました。もう外は暗くなりはじめている。窓の外は日没後の雰囲気だ。震えはとまったが、体調はやはり悪いようだ。くそっ、僕の体調管理は完璧なはずなのに。

 スマホを確認すると、下校時間は過ぎていた。わかっていたけど。メッセージ・アプリの通知がきていた。笹井さんからだ。

 熱出たの? 大丈夫?

 どうやって僕の体調を知ったんだ。いや、その前にどうやってメッセージを送ったんだ。天国からメッセージを送る機能なんてないはずだし。笹井さんは僕の魂と融合しているんだから天国にいるはずもない。

 ダメだ、考えられない。体調不良のせいか。だから嫌なんだ病気は。さらに体調管理の完璧さを高めないといけないな。完璧を超える完璧だ。

 保健の先生がやってきて、母さんが迎えにくると言った。そのあとも眠ったみたいで、つぎに気づいたときには母さんがいた。車に乗って家に帰り、着替えだけしてベッドにはいった。深夜に目が覚めたけれど、自分と世界の間に異空間がはさまっていて、ゆがんで見えるし手や足で床や壁を直接さわったりできなかった。これは重傷だ。トイレに行ってまた寝た。

 僕は3日寝込んだらしい。

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