第50話 笹井さんは倒れてた

 僕の家の前に倒れていた笹井さん。抱き起して声をかけたが、反応がない。呼吸が荒く、苦しそう。頬を赤くして、熱がある様子。

 大変だ、とりあえずあたたかくして寝かせてあげないと。僕の部屋へ。

 いや、待て! 笹井さんは僕の家の前に倒れていた。笹井さんだぞ、僕を人殺しだと疑っているのはまちがいない。これは罠? いや、でもこんな体調悪そうな演技はできないだろ。とはいえ、僕の部屋にいれるのはどうなのか。

「笹井さん、僕の部屋で寝たい?」

 女の子だもんな、男の部屋へ連れ込むのは笹井さんでなくてもどうかという判断はあるだろう。

「はぁはぁ、ごめんね。大丈夫。帰れるよ」

 いや、帰れそうにないだろ。どうする。笹井さんの家はこの先、すこし行ったところ。

「わかった。じゃあ、家まで送るよ」

 笹井さんの膝を折って手を添えてしゃがんだ格好にし、自分は笹井さんの前に回り込んで、肩に笹井さんの腕をまわすようにした。僕と同じくらいの体格の笹井さんを、よっこいせで背負う。すこしよろけたけれど、立ち上がった。

 顔のすぐそばに笹井さんの顔があって、はぁはぁいう吐息が耳元で、なんだかとってもエロチックなんだが。僕はなにを考えているんだ、病人を相手に。けしからんぞ。

 けしからんけれど、女の子の体はやわらかくて華奢な感じがある。骨が細いのかな。背中から笹井さんのぬくもりも伝わってくるし。そうではない、早く笹井さんを家に送り届けないと。

 道路に落ちていたバッグを拾いあげ、笹井さんの家に向かう。


 玄関前でインターホンのボタンを押しても、中から反応がない。

「笹井さん、お母さんは?」

「ふぅ、今日は、仕事かな」

 なんてこった。そうしたら、カギだな。

「家の鍵はバッグの中?」

「うん、バッグの内側のポケット。キーホルダーがついてる」

「失礼」

 笹井さんを背負ったまま、かがんだ状態でバッグを開ける。内側のポケットに手を突っ込むとカギかキーホルダーかわからんが物体があったからつかみ出す。これだ、家のカギ。カギがさがっているキーホルダーの方は、金属で斧の形をしている。女の子の趣味ではない。そんなことを詮索している場合ではなかった。

「お邪魔するよ」

 カギを開け、バッグにもどしてから、ドアを開けた。

 普通の家で安心した。ミイラのオブジェでも玄関に飾ってあるんじゃないかと構えてしまった。笹井さんの家と言っても、家族で暮らしているんだからな、笹井さんの趣味全開というわけにはいかないんだ。

 おんぶしたまま笹井さんの靴を脱がし、自分も靴を脱いであがりこむ。笹井さんの家、はじめてだ。そんな感慨に浸っている場合ではない。

 夕方の誰もいない家の中というのは、さみしくも不気味なものだ。見慣れない他人の家だから余計だな。ごくり。

「笹井さんの部屋は2階だよね、きっと。このまま行くよ」

「えっ。あ、ダメ」

「ダメなの?」

「もう大丈夫だから、おろして」

「いや、はぁはぁ言って苦しそうだよ。さっきよりよくなってるってことはないだろ」

 僕は階段に足をかけた。笹井さんはなにやら言って抵抗しようとするけれど、体調が悪くて体がぐにゃぐにゃ、そんな抵抗は僕に通じない。

 笹井さんの部屋かな。ドアの前。

「ここが笹井さんの部屋?」

「ち、ちがう。あっち、あっちにして」

 どうやら合っているみたいだ。

「もう疲れちゃったから、ここでいいよね」

 ドアを開ける。

 うん、まちがいない。笹井さんの部屋だ。

「いや、見ないで」

 なんだかいけないことをしている気分。ほめられたことではないんだけれど。笹井さんの部屋は、暗かった。遮光カーテンだな、これは。光が部屋にはいってこない。照明のスイッチを入れる。壁紙は黒を基調としていて、濁った赤色のバラがアクセントになっている。照明がついてもなんだか暗い、黒い。

 机は中世の修道院にあったやつ? というような、天板が跳ねあがって蓋みたいになるやつだ。板は堅そう。笹井さんを寝かせるべきベッドは、簡素。石牢に捕われた囚人のベッドだな、イメージは。

 全部、お店で売ってるのかと疑ってしまうほどの珍品に囲まれている。うん、笹井さんの部屋だな。

 ベッドの布団をはぐ。シーツが血に染まっている、なんてことはない。後ろ向きになって腰をさげ、笹井さんをベッドにすわらせる。

「着替えか。どこ? 扉開けていい?」

 部屋をぐるり見回してクローゼットにあたりをつけた。

「余計なところ見ないでね。上の扉をあけて、下に重ねてあるから」

 うむ、笹井さんの秘密を探るようでうれしくなってしまうな。下着なんかは、扉の下にある引き出しかな。開けないけどな。扉を開けて下の板にたたんで置いてある服を出す。パジャマだな。

「笹井さん、パジャマ出したよ」

 笹井さんは足を垂らした状態でベッドに寝ていた。

「笹井さん、起きて。パジャマに着替えて」

 起き上がらないから、抱き起そうとベッドに膝をつく。目が合った。うるんだ瞳。熱のせいだな。ごくり。胸が熱い。鼓動が速く大きくなった。

 弱々しい笹井さん。僕は身を乗り出して、もう一方の膝もベッドに。笹井さんに馬乗り状態だ。

 笹井さんから目が離せない。どうしたんだ僕は、狂っているのか。笹井さんが好きなんだろ。好きなはずなのに、三原さんのときと同じだ。興奮している。


 殺したい。


 苦しい。好きなのに、殺したい。

 見つめ合っていたら、伝わってしまったのか。笹井さんのかわいい唇が動いた。

「いいよ、渡辺くん」

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