第48話 恋はひとをバカにする
前にすわっている母さんも笹井さんと話したかったみたいだな。って、いまなんつった? 警察? 笹井さんのお父さん警察なの?
僕はますますヤバいではないか。マジで好きになっちゃいかん女の子を好きになってる。今さら好きって気持ちを取り消すこともできないんだが。
「でも事務職だから、犯人検挙とかしなくて」
笹井さん残念そう。いや、刑事とか大変だし、事務職でよかったと思うぞ、僕は。お父さんが警察勤めなのも遠慮したいところだけれど。転職とか考えてないかな。全力で応援したい。
「殺人事件の捜査の話とか聞けたらよかったんだけど」
「いやいや、娘にそんな話はできないと思うぞ」
「そうなんだけどね」
がっかりしないであげて。母さんは座席の背もたれに肘を突っ張って体重を支え、僕たちの方に上半身を向けている。危ないから前を向いてすわってくれ。僕の立場が危ないんだけどな。もう警察の話は勘弁してもらいたい。
「笹井さん殺人事件に興味があるの?」
「殺人事件じゃなくて捜査だろ、笹井さんはミステリーを読むんだ」
「あら、奇遇ねえ。私もミステリー好きよ」
僕のミステリー趣味は母さんから譲り受けたものだ。遺伝しないと思うんだが。母さんと笹井さんにお近づきになってもらっても困る。僕への包囲網が構築されて行ってるだろ。これも笹井さんの作戦? 僕の恋心を利用して家の中に味方を作ろうとしているのか。恐るべし、笹井さんの執念。
神社かお寺かわからないお参り先へは、近くの民家が庭先を貸してやっている駐車場に車を止めてゆく。駐車するのなんて1時間やそこらなのに1000円もとったりしてボッている。資本主義。
歩きだして敷地に入るまえから道路わきに露店が並んでいて、三が日をすぎて4日だけど活気がある。いろんなおいしい匂いがまざってただよってくる。おなかいっぱい。
笹井さんは着物で、歩くのがゆっくりだから合わせて歩く。ココノはさっそく帰りに買うものを検討している。ココノもゆっくり歩いていいんだぞ、迷子になるなよ。
「おおっと」
笹井さんがバランスをくずした。体勢を立て直そうとして広げた手を、僕はつかんだ。
「ありがとう」
「大丈夫?」
そのまま僕たちはお互いの手を握った。
「歩きにくくて不安だから手をつないでくれないかなって思ってた」
はにかみ笑い。抱きしめたい。なんて愛おしい存在なんだ。僕の特別天然記念物に指定したい。手厚く保護しちゃうぞ。恋はひとをバカにするな。
寺か神社かわからん施設の敷地にはいると人が増えた。お守りなんかを売るテントがあるし、お参りする建物の前も人がすごいし、古いお守りを返す場所もある。僕のお守りは母さんに渡してあるから、もう返しただろう。
あたらしいお守りは自分で買うことになっている。お金はもらっているから好きなのを買えばよい。といっても、学業成就に決まっているけどな。お守りに期待なんてしてないし。
「わたしはどうしようかな、迷っちゃう」
捜査完遂とか、事件発生とか、そんなお守りはないしね。
ピンクの恋愛成就のお守りを手に取って、口を隠すようにしてこちらに見せる。
「これにしようかな」
ぐはっ。会心の一撃。僕のヒットポイントはもう残っていないよ。そんな顔して見つめないでくれ。魂が浄化されてしまう。僕の存在が消滅してしまうぞ。
恋愛成就ということは笹井さん、好きな人がいるの? ほかに好きな人がいて僕と手をつないだり、こんな顔を見せたりはしないよな。笹井さんも僕が好き。両想いじゃないか! もう成就しているよ。そのお守りいらないんじゃない?
学業を捨てて僕も恋愛のお守りを買いたい衝動が襲ってきたけれど、どうにかもちこたえてお守りを買った。
お参りの列になんとなくならんでいると、母さんたちが終わって戻ってきた。
「先にラーメン屋に向かっているから、ココノがなにか買うし、ゆっくりでいいからね」
「別に、普通に行くから」
含みのある言い方はよせ。笹井さん、あとでねぇーと言って手を振ってから去って行った。
「素敵なお母さんだね」
「そうか? 下世話なおばちゃんだろ」
「そんなことないよ。ミステリーの話とかしたい」
そっちか。それなら気が合うかもしれないな。笹井さんは人が死なないミステリーは認めないと言っていたけれど、母さんは原理主義者だ。気が合うのも困りものなんだが。
探偵倶楽部の活動はどうなのと聞いてみた。図書館から過去の事件の本を借りてきて、読みながら推理と答え合わせをして活動しているらしい。現実の事件なんてトリックらしいトリックもなく面白くなさそう。といいつつ、笹井さんの話を聞いていると、事件に至る事情とか、事件のバリエーションとか、面白いところもあった。
事件の話になると笹井さんの饒舌は止まらず、僕も気になるところは質問をはさんだりして、ずっと話していた。話しながらお参りを済ませ、敷地を出て屋台の群れを抜け、気づけばラーメン屋の前についていた。
戸をスライドさせて店内にはいると、席を待つ客が丸椅子にすわったり、すわりきれずに立ったりして待っていた。僕の家族は席についていて、こちらに手を振っていた。
「着物でくるにはせまくるしい店でごめんなさいね」
「毎年きてるって聞いたから、楽しみです」
「そう、よかった」
注文しておいたからそろそろ来ると言って、母さんは笹井さんにラーメンの汁が飛んだときの対策をほどこしはじめた。この店はラーメンかチャーシューメン、普通盛か大盛の組み合わせしかない。チャーシューメンはチャーシュー多すぎて食いきれないから僕は毎年決まってラーメン普通盛だ。笹井さんにも同じものを頼んであるとのこと。
ラーメンは、中細の縮れ麺で、スープはあっさり醤油。本当に遠くまでわざわざ食べに来るほどのものではない普通のラーメン。初詣ついでだから食べて行くかとなるだけの代物だ。この普通のラーメンが食べられる店が、あまりなかったりもするんだが。
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