第47話 ココノはグイグイ行く

 さて、笹井さんに返事だな。これまた難関。


 いまって、通話できる?


 話した方が早い! というか、メッセージだったら長くなって、きっとウザイって思われる。笹井さんはそんなこと思わないか。

 おっとぉ、笹井さんからかけてきてくれた。

『笹井さん、ありがとう。ごめん、遅い時間に』

『渡辺くん? あの、初詣なんだけど』

『うん。うちは、4日に行くんだ。笹井さん正解だよ』

『やっぱり。当たった』

『車で30分くらいのとこで、帰りにラーメン食べるんだ』

『いいねえ。初詣の帰りって、なにか食べるよね』

『あの、よかったらなんだけど。うちの初詣に一緒に行かない? 笹井さんは初じゃなくなってるだろうけど』

『元旦に探偵倶楽部のみんなで行くからね。明日お母さんに聞いてみる。今度は渡辺くんに誘ってもらっちゃった。ありがとね。じゃあ、おやすみ』

『うん、おやすみ』

 今度は渡辺くんに? なんだっけ。そうか、クリスマスは笹井さんにサイン会に誘ってもらったんだった。そういうことだな。

 顔があったかいんだが、なんだか胸もあたたかい気がする。入院したとき、笹井さんに頭を胸に抱かれて胸がぽかぽかになったのと同じだ。好きって気持ちの感触なのかな、これ。


 翌日、笹井さんからかかってきた通話で、初詣に一緒に行けると知らされた。僕は有頂天になって母さんに報告した。母さんは、あらよかったじゃない、だって。よろこびが薄くてガッカリだよ。


 塾の冬期講習で笹井さんと一緒になるのだが、あえて話しかけることはしない。初詣のことは僕たちの秘密みたいなものだからな。

 大晦日はうどんを食べる。年越しそばのかわりだ。そばは父さんだけが我がまま言って自分で茹でて食べる。すこし憐れ。

 元旦の朝の食卓には、雑煮と母さんが好きなものだけチョイスのお節がある。父さんはやっぱりひとりだけ関西風がいいとか我がまま言って自分で雑煮を作り食べる。あはれ。

 学校も塾もない年末年始は戦士の休息、僕は本を読んで過ごした。本を読みすぎて疲れ、頭がぼうっとした。

 いよいよ初詣の4日だ。笹井さんのことを考えるだけで胸があたたかくなるのを感じるようになってしまった。好きすぎる。恋に溺れているな、僕。悪くない気分だ。正月のせいかもな。

 家族で車に乗り込んで、出発だ! すぐに笹井さんの家の前について、車は止まった。ま、眩しい。車を降りて、目の前は笹井さんだ。

「笹井さん、その格好は」

「早起きして着付けしてもらってきたよ、鹿島くんに教えてもらったレンタルだけどね」

「天使すぎる」

 笹井さんは着物で華やかに着飾っていて、輝いている。ちかくで見るとさらにまぶしい。笹井さんの口から聞きたくない名前もあった気がするけど、晴れ着姿に貢献しているとなるとガマンもできるというもの。

「元旦につづいて今日もって、大変だったね」

「ううん、元旦は着物も着付けも予約がいっぱいだったんだ。今日だけだよ」

 うおぉー! 膝まづいて天をあおぎたい気分だぜ。ゴールを決めたサッカー選手みたいだな。笹井さんの着物姿をひとりじめ。付き合っている彼女を通り越してむしろ結婚して嫁だろ、もう。

「笹井さん、娘さんをお預かりしますね」

「お世話になります。ご迷惑にならないようにね」

「うん、行ってきます」

 お母さん、娘さんを僕にください。いや、もらっていきます! ちがうか。僕たちのとなりでお母さん同士のやりとりも終わり、車に乗り込んだ。笹井さんと僕は真ん中の列、ココノは後ろ、母さんは助手席だ。

「着物だ、気合いはいってるね」

「ココノちゃん。病院のとき以来だね」

 ココノは笹井さんになついているようだな。いいことだ。笹井さんは、後ろの席に振り返ったりこっちを向いたりして話す。忙しくて大変だ。

「クリスマスプレゼントのリップつけてるんだ、かわいい。使ってもらってよかったね、渡辺くん」

「あ、あぁ。そうなのか? 反応うすかったけど、つけてたのか」

「気付かないの鈍感」

「ぐへ」

 ダメージはでかいぞ。笹井さんにまで鈍感なやつと思われるだろ。使っているならお兄ちゃんにひと言あってもよいと思うんだが。使っているところを見たいというより、お兄ちゃんありがとってなって株をあげたかったんだからな。

「リップは笹井さんと一緒に選んだんだぁ」

 小学生が意味ありげなイントネーションやめろ。

「お店で偶然会ったんだよね。渡辺くんが自分で決めて手に取ろうとしたところに偶然でね」

「手が触れて、あっ、てなったの?」

 ココノ、まさか見てたか? 笹井さんは黙ってしまった。

「本当なの?」

 恥ずかしい、追求しないでくれ。

「わざとでしょ、お兄ちゃん」

 お兄ちゃんの評価ダダ下がりじゃないか? そんな風に思われていたとは、お兄ちゃんはかなしいよ。大事なのは、お兄ちゃんがココノのために自分で選んでいたってことだろ?

「笹井さんも小学校の頃から色つきリップ使ってたの?」

 ココノ、ほとんど初対面なのにグイグイいくな。そんな子だったとは知らなかったぞ。

「わたしは、まだ最近かな」

 ん? こっちを見てる。いや、僕は使ってないって。お店でも否定したのに、まだ疑っている? 疑うのが好きすぎる笹井さんだな。

「鈍感だからダメだよ。お兄ちゃんにかわいく見られたくて色つきリップ使いはじめたってはっきり言わないと通じないから」

 なっ。そうなの? 本当みたい。笹井さんが恥ずかしそう。ココノ、女の子の気持ちわかり過ぎじゃないか? お兄ちゃんはかえってココノの将来が心配になるぞ。


「笹井さんのお父さんは警察にお勤めなんだって?」

 え? 今なんつった? 母さん。

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