第46話 みんな初詣に行きたい

 翌日月曜日は、終業式をして学校は終わり。楽チンだな。

 朝、教室にはいると笹井さんと亜衣さんにはさまれて席につくことになる。毎朝のことだ。

「おはよ、わたなべ」

「おはよう、渡辺くん」

 なんというか、恥ずかしいものだな。亜衣さんには好きだと言われていて、笹井さんとは昨日デートした。あれは断然デートだ。僕ってモテモテじゃないか。

 ひとりは僕を殺人犯仲間と思っているし、もうひとりは僕のこと殺人犯だと疑っているんだが。よろこんでいられねえ。

「おはよう、ふたりとも」

 僕は席にすわってカバンを机の上に置いた。おかしいな体が重い。いや、気が重いのか。でも、冬休みでふたりと顔を合わせなくてよいと思うと、いくらか心がダイエットしたように感じるというもの。笹井さんの顔が見られないのはさみしくもあるんだが。塾の冬期講習で会うことになるか。

「それで、わたなべはどこに初詣に行くの?」

「宗教がちがうと言っただろ」

 亜衣さんは本当に困ったものだ。人の話を聞かない選手権世界大会に出場させるぞ。

「それ嘘でしょ」

 いや、まあ嘘なんだが。バレていたのか。てっきりダマせたと思っていたぞ。

「宗教上の理由というのは嘘だけど、元旦に初詣に行かないというのは本当だ」

「行っちゃいけない理由がないなら、行こうよ」

 行っていけなくはないんだが、行きたくないんだ。特に亜衣さんとはな。自分のこと殺人犯だと思っている人間との行動は避けるものだろ。認めてはいないとしてもだ。殺人を犯した中学生というのも珍しいから、共感を得られないとは思うが。

「ボクの晴れ着姿、拝みたいでしょ?」

 片手を頭の後ろに、もう片方の手で胸を隠し、僕にウインクしてくるんだが、晴れ着でするポーズではない。水着と勘違いしているのかな。ショートヘアーでボーイッシュな亜衣さんにそんな恰好をされると、見てはいけないものを見せられている気分になる。ダメージが大きいからやめておけ、亜衣さん。

「笹井さんも着物?」

「着物じゃなくて、普通に洋服だよ」

 なに、ふたりで初詣に行くの? 行きたい! でも行っちゃダメだ。ふたりが揃っていたら最悪じゃないか、その状況。

 笹井さんは年末年始お母さんの実家の青森に行くんじゃないんだな。冬は雪と寒さで青森には行くものではないか。地元の人に怒られそう。

「俺もレンタルだけど着物だよ。笹井さんもレンタルしたらいいじゃん」

 鹿島、お前もか。ということは、伊吉さんも。

「笹井さんの着物姿もかわいいよ、絶対」

 だよな。最悪の上に最悪だ。伊吉さんは三原さんと一番仲の良かった女の子だ。地獄に飛び込むつもりはないぞ。だが、僕は笹井さんの晴れ着姿を見逃すのか、哀れな少年だ。


 夜、風呂にもはいって、あとはマンガでも読んでから寝ようかというときに、スマホにメッセージの受信を知らせる通知音が鳴った。スマホを机から取り上げてベッドにもぐりこむ。メッセージは、笹井さんからだっ! なになに?


 初詣はいつ行くの?

 元旦に、行かないって言ったから、ほかの日に行くのかなって。


 笹井さん天才! IQ200! 笹井さんは僕の発言に隠された意図を正確に受け取っていたのだな。

 僕の家は1月4日に初詣に行くことにしているのだ。なぜ4日かというと、元旦は混むから。4日になればすいてくるだろという、たぶん母さんのやる気のなさを反映している。家族全員、元旦に行きたいとも思っていないけど。

 僕の家の初詣は目的の半分にすぎず、じつはお参りに行った先のちかくにあるラーメン屋がメインの目的だったりする。年に一度、初詣のときにしか行かないラーメン屋だ。

 食いたかったら普通に行けよと思うのだが、ラーメンを食べにだけ行くには遠いんだなあ。初詣とセットになることで、よおし行くかとなる。

 というわけで、家族で車に乗って出かけるものだから、笹井さんを誘うのはちょっとアレなのだ。アレなのだが、ああ、どうしたら!

 僕と初詣に行きたがっているということは、笹井さんも僕のことが好き? 夜になってこんなメッセージを送ってくるということは、ふたりだけの話なわけで、ふたりだけで初詣に行きたいっつーことだもんな、ほかに考えられないな。

 もう! 早く返事しないと、既読ついたのに返事くれないって思われる。なんて返事する? 4日に家族で行くんだ、そんな返事をしたら、そうか一緒に行けないね残念と思われて終わってしまう。4日だよとだけ返事をしたら、じゃあ一緒に行こうよとなるけれど、ごめん家族と一緒なんだ、となって期待をもたせたのにダメかよってなる。

 笹井さんは僕のことが好きなんだぞ、そんな逃げ腰でどうする。覚悟を決めろ。僕はベッドから抜け出し、決然と部屋を出た。よおし、ビシッと決めてやる。

「あの、母さん」

「まだ寝てなかったのぉ」

「寝るところだったんだけどね」

「それで?」

「いや、その」

 母さんはダイニングの席に足を組んですわってテレビを見ていた。僕もなんとなくすわる。

「初詣なんだけど」

「ああ、初詣ね。友達と一緒に行きたいの? 行ってきたら?」

「ううん、ちょっとちがくて。4日に行くでしょ?」

「毎年4日だね」

「学校の子を一緒につれて行っても? 女の子ぉ、なんだけど」

「いいよ。なに、ラーメンが好きなの? その子」

 おい、僕のことが好きなんだよ。なにそのラーメンで釣ったのね、わかってるみたいな言い草。いや、まあ僕に都合のよい勘ちがいなんだが。

「別に、もしかしたらだし」

「まだ誘ってないの。オッケーしてくれるといいねえ」

 だから! いや、こらえよう。

「顔を赤くしちゃって、お母さんまで恥ずかしくなっちゃう。青春ねえ」

 んんっ! 言葉が出ねえ! 顔赤くねえし。赤いってわかってるけどっ。

「じゃ、そういうことで」

「おやすみなさい」

「おやすみっ!」

 なんだよ、ったく。おばさんはデリカシーを過去に置き忘れてるものなんだな、きっと。

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