第45話 やさしい男の子だったら、こんなとき

 笹井さんに言われたとおり、僕は興奮しすぎていっぱい話したものらしい。ドトールを出たらもうあたりは暗くなっていた。空の端にすこし色が残っているくらいだ。

 大きな通り沿いにいて、このまま道なりに行けば駅につく。歩道は広いんだが、人も多くて、駅に近づくにつれてさらに増えてきて、歩いていてひとにぶつかりそうになる。

 手をつかまれたと思ったら、笹井さんが手をつないできたのだった。そうだな、危ないしはぐれそうだものな。幸せすぎて夢心地で歩く。余計にあぶないだろ。

 おう。手が引かれた。笹井さんが立ち止まったのだ。

「どうしたの?」

「もうすこし、付き合ってもらっていい?」

 僕はもうかなりの地獄まで笹井さんに付き合っているつもりだけれど、さらなる地獄ってあるかな。笹井さんは通りの反対側に指を向けている。向こうは、なんだか明るい。イルミネーションでもやっているんだろう。あれが気になるのか。

「いくらでも」

 よかったと言って、笹井さんは手を強く握った。僕の魂は昇天しそうだよ、笹井さん。

 たぶん歩行者天国になっている通りのイルミネーションを見上げながら進む。もともと看板だの店の照明だので明るい通りなんだろうけど、イルミネーションでさらに明るい。これがロマンチックか。そうかな、こんな人工的なものなのかな、ロマンチックって。女の子はピカピカしたものが好き、こんなのロマンチックじゃねえなんて言うと興をそいでしまうから黙っておこう。

 店舗改装なのか、営業していない店の前側が鉄板で覆われていて、そこだけほかと比較して暗い。笹井さんにひかれてその店の前で立ち止まる。ここなら止まってゆっくりイルミネーションを見ることができる。

「クリスマスっぽいね」

「そうだった、クリスマスだね。プレゼントなにも用意してなかったよ、ごめん」

「ひどい、わたしのことなんてどうでもいいのねっ」

 笹井さんが急に芝居がかってきたぞ。そんなキャラじゃないのに。なにか起きるにちがいない。気をつけろ。笹井さんに気をつけていると、なんだか震えているみたいだ。寒いのか。そうだよな、夜の寒さに対して笹井さんの格好は薄着だ。体が冷えてしまったんだろう。

「やさしい男の子だったら、こんなとき、あっ」

 僕は笹井さんの手を放してうしろから抱き締めた。

「放して、はずかしいもの」

「寒かったんでしょ? 僕ってやさしくない? 笹井さんなにか言おうとした?」

「抱きしめてなんて言ってないのに、言おうと思ってたところだけど」

「僕は寒かったよ。今は笹井さんのおかげであたたかい」

 頭に血がのぼって、さらにあたたかいけどな。むしろ暑い。恥ずかしい。でもうれしい。笹井さんの体温を感じてしあわせがあふれる。

「これがクリスマスプレゼント?」

「ほかにほしいものがある?」

「ない、けど」

 笹井さんは下を向いてイルミネーションが目にはいっていない。僕は顔を反らして、遠くのイルミネーションを眺める。そんなことをしていたら、僕たちに並んで男女が抱きあうようになった。やめてくれ、よけい恥ずかしいだろ。

 笹井さんの震えは止まった。でも、素足の下半身は寒いままだ。長居したら風邪をひかせてしまう。

「帰ろうか、電車の中はあたたかいだろうし」

「うん」

 手をつなぎ直して駅へ行き、電車に乗った。


 地元の駅には笹井さんのお母さんが車で迎えにきていて、笹井さんにコートを渡した。家を出るときに忘れたものらしい。笹井さんの薄着の謎は解けた。お母さんに挨拶して、僕は自転車で家に帰った。

「あら? 外は寒くなかった?」

「別に」

「火照ってるみたいにほっぺ赤いみたいだけど、そんなにあたたかかった?」

「自転車こいできたからだろ」

 しあわせすぎて全身がホカホカだったのは、誰にも言えない。なんてすばらしいクリスマスなんだ。サンタさんには線香を欠かしちゃいけないな。ご先祖じゃないぞ。いや、テンション上がり過ぎた。

 夕食はチキンのマスタード焼という、クリスマスに寄せたメニューだった。僕だけ帰りが遅かったから、みんなは食べ終わっていた。ケーキも用意されていて、今はケーキタイムらしい。クリスマスだな、まちがいない。夢でもない。

「はい、お兄ちゃんからプレゼント」

 ロフトで買った色付きリップを、ケーキを食べているココノに渡してやった。反応は、期待したほどのものではなかったけれど、包みを開けてもいいかと聞いてきたから興味はもってもらえたらしい。僕はチキンを頬張る。なかなかイケる。口の中をやけどしていて味はわからんけど。雰囲気だな、クリスマスの。

 包みを開けてリップを取り出しても、ココノの気持ちが読み取れない。どうした、うれしくないのか。それつけてかわいくなれたらうれしいだろ。

「あら、これはリップ? よかったじゃない。お兄ちゃんからのプレゼントってのは微妙だけど」

 微妙って言うな、昔のギャルか。笹井さんに変態と勘違いされて大きな痛手を負ってまでゲットしてきたんだからな。母親の心無いひと言で傷ついちゃうぞ、お年頃の男の子としては。

「うん、ありがとう」

 苦笑交じりに礼を言うな。お兄ちゃんまたやっちゃったね的な憐みの目もするなよ、にこっとうれしそうに笑ってほしかったのに。うえーん。お兄ちゃんは疲れた、もう食べて寝る!

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