第42話 笹井さんは誘う

 笹井さんは僕に理想の殺され方を聞いてきた。もしかして僕を殺すつもりなの? せめて理想的な殺され方で地獄に送ってやると言う仏ごころか。

「わたしはねえ」

 え? 僕の話には興味ない? 僕の答えには期待してないのか。かってに話しだしちゃった、笹井さん。仏ごころとか関係ないみたい。

 なんだかよだれをたらしそう。おいしいものを目の前にしたワンコかな。

「頸動脈を切り裂かれるのもいいし」

 これまた、え? 頸動脈を切るって、もしかして僕が三原さんを殺すところ見てた? そんなわけないか。偶然の一致だな。頸動脈を切るっていうのはメジャーな殺し方だもんな。そうか?

「あ、心臓を突き刺されるのもいいんだけどね」

 大事なこと忘れてたみたいに言わなくていいよ。

「一番は、好きな人にうしろから抱き締められる感じでぇ、ナイフを両手で高く掲げてから刃先がキランと煌めいて、一気にグサッと心臓を力強く突き刺されるの。ロマンチックだと思う」

 ロマンチックではないだろ。どこにロマンチック要素があるんだ。好きな人にうしろから抱き締められる感じのところか。実際の相手は好きな人ではないだろ、単なる殺人犯だからな。

 こんなことは中学生が喫茶店で話す話題ではない。なんだ、このチョイス。マジで笹井さんに現場押さえられてないよな。僕は今、ゆさぶりをかけられているのでは。ドラマだったら、笹井さんを殺す計画を練りはじめるところだ。口封じだな。でも実行に移したらたぶん返討ちにあう。ここで動揺を見せてはいかん。

 大事なのはプロセスでぇ、と笹井さんは殺され方のこまかい描写を早口でまくしたてている。僕にはついていけない。様子がおかしい。はぁはぁとあえぎだしたかと思うと、そのことに気づいてコーヒーをガブリと飲んだ。ふぅとひと息ついて落ち着いたらしい。どんな妄想に駆られて興奮してしまったんだろう。ヤバいぞ、笹井さん。前から知ってた。

 今の笹井さんは、自分の性癖を話していたら興奮してしまった変態さんにしか見えない。僕にゆさぶりをかけたわけでは、ないな。ひと安心ではある。

「プロセスが大事ってことで言うと、首を絞める感じで頸動脈を押さえて止めるっていうのも、私はいいと思う」

 渡辺くんはどう思うって聞かれても、僕には、うまく答えられなかった。殺されたいと思わないからな。殺されるなら、方法なんて関係ない。死んでしまうんだから。そんなこというとなにもわかっていないんだね、渡辺くんなんてあきれられてしまいそうだから黙っていることにした。


「ねえ日曜日ぃ、どこいく?」

 キモいぞ亜衣さん。じつに的確な表現である。ボーイッシュな亜衣さんがあざとい女子みたいな言動をしたら、それはキモいに決まっている。

「出かける予定はない」

「そうじゃなくて、一緒にどこか行きましょって誘ってるんでしょ?」

 ぜんぜん誘ってないだろ。もしこれで誘っていることになるのなら、人間のコミュニケーションは複雑に発展し過ぎである。

 転校初日から一緒に帰ろうと言ってくるメンドクサイ子だったけれど、最近は拍車がかかってヒヒーンだ。それも、僕のことが、す、す、好きだからってことなんだろうが。僕は亜衣さんのことが好きでもなんでもないんだからなっ。ツンデレ、脈ありみたいになってしまった。

 休み明け月曜日、ただでさえダルいのに、亜衣さんの相手をさせられてダルさ16倍である。

 僕は日曜日の喫茶店から家に帰るまで、笹井さんに操られる人形のごとく、喫茶店では性癖全開の話を目いっぱい聞かされ、一緒に駅までもどり、電車にとなり合ってすわり、地元の駅から笹井さんの家の前まで自転車で一緒に帰った。笹井さんと別れてやっと自分を取り戻した気分になったんだが、地獄まで2往復半したくらい疲れていた。2往復半では地獄に行きっぱなしだろ。セルフ・ツッコミ。

 昼休み、給食の時間が終わって、僕もぼそぼそでマズいパンをどうにか飲み下したところに亜衣さんが話しかけてきたのだ。タイミングを狙っていたな。

「だいたい、日曜日と言ったらクリスマス・イブだろ」

「だから、好きな女の子と一緒に過ごしたいでしょ?」

 うん、その気持ちはすこしある。だが、相手は亜衣さんではない。

「僕は敬虔なクリスチャンなんだ。クリスマスといったらイエスさまの誕生日だとデッチあげている、家族とお祈りして過ごすことに決まっているのだ」

 嘘だけど。わかりやすすぎたか。

「じゃあ、初詣は?」

「初詣というのは、年神を信仰する神道の行事だな。宗教がちがう」

「えー! つまんない」

 僕が敬虔なクリスチャンであることは疑われなかったみたいだ。冬は寒いんだし、冬休みはずっと家に居られて快適じゃないか。冬期講習はあるけど。塾は好きだから問題ない。笹井さんとも会える。いや、それはマズい、マズいけどうれしい、うれしいけどマズい。おあいこだな。

「渡辺くん、亜衣さんと一緒に出かけないの?」

「おわあ!」

 亜衣さんの相手していたら、背後の笹井さんに気づかなかった。ビックリさせないでもらいたい。

「笹井さん、急に、驚いたよ。僕は亜衣さんと出かけないよ」

「ふーん」

 なんだか意味深なふーんだな。疑っているのか? 今は僕が断っているように見せかけて、裏ですでに話ができあげっていると。だが、うたぐり深かすぎるぞ、笹井さん。今回はハズレだ。

「そうだ、笹井さん。一緒にどこか行こうよ、女の子同士で」

「日曜日は予定があるんだ。ごめんね」

 僕の埋め合わせで笹井さんを利用しようとするな。でも、そうか。笹井さんは予定があるのか。誰かとどこかに出かけるのかな。いや、気にするな。これは罠だ。


 ぺと。

 スマホにメッセージがきた音。こんな夜に誰だ、僕は塾の宿題で忙しいというのに。画面をのぞくと笹井という名前が表示されていた。

 うん? 笹井さんとID交換したっけ? 笹井さんとIDを交換して忘れるはずがないから、絶対にないな。ということは、僕のスマホ、ハッキングされてる?

 メッセージを表示する。

『宗教上の理由で無理だったらいいんだけど、日曜日に深須輝夫のサイン会に一緒に行かない?』

 行く! でも、深須輝夫って誰だ?

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