第38話 亜衣さんは許されたい
亜衣さんは目の前に殺したい相手がいるみたいに殺気立った勢いで話をつづける。
「あいつはね、友達が私立に行っちゃって寂しいだろって言ってきたんだ、マウンドから。お前のせいだろが、死ねって思ったよ。
一球目はボクの頭にめがけて投げてきた。ソフトボール部をなめてやがる。つぎは外角低めだ、わかりきっている。
ボクは思いっきり踏み込んだ。バットを振ったところにボールがきて、当たった瞬間は時間が止まって感じた。インパクトの瞬間にボクはさらに力を込め、同時にピッチャーのあいつが見えていて、ボクが空振りすることを見越してニヤついた顔をしていた。顔に狙いをつけた。振り抜いたバットは手ごたえを残した。つぎにはあいつの顔にボールが当たるのが見えて、頭をのけぞらせ、ボールは上に飛んだ。
ボクは走って2塁ベースを踏んだ。ピッチャーが動かないって騒ぎになって、見に行ったら額と目のあたりがくぼんで醜い顔になっていたよ。奇妙だったな。人間の顔が変形したものっていうのは奇妙なんだ。ちょっと笑える、滑稽というやつかな。口を開けていたしね。
さわぎが大きくなって、救急車がきたりして、球技大会は中止になった。もう死んでいたけどね。頭の骨がぐしゃっとなって陥没して死んでたんだ」
亜衣さんが人を殺したって、そういうことだったのか。バットで殴り殺したわけじゃないんだな。事故みたいなものだ。本人が殺したっていうのだから、そんなの事故だろって言っても納得しないんだろうけど。
僕にはどちらでも関係ない。僕とはちがう。亜衣さんのは拳銃で撃ったのに近いか。ソフトボールなんて、狙いどおりに飛ぶかわからず、当たったところで殺すほどの威力があるかわかったものではなく、相手との距離がある。僕は自分の腕の中にいる女の子の首をナイフで切ったんだ。ぜんぜんちがう。
「いろいろな大人がきてボクの話を聞いて行ったよ。誰もボクが殺したなんて言わなかった。同情的だったよ、災難だったねって言われた。ボクがソフトボールをできなくなって部活をやめるときも、同じことを言われた。災難だったのはあっちなのにね」
そうだな、客観的には不幸な事故だものな。イジメっ子で嫌われていたってこともあるかもな。いなくなってくれてよかったと思う人もいただろう。殺してくれてありがとうって思っていたかもな。
「でも、ボクは殺したんだ。あのインパクトの瞬間、殺意はあった。殺してやる、死ねって思ってバットを振ったんだよ。
ボクは罪を逃れたいなんて思ってないのに、誰も疑わない。ちがうんだ、殺したんだよって言えなかった。言いたいのに言えなかった。なんでなんだろうね、あれは。言ったら世界が壊れてしまうような恐怖があって、言いたいのに言おうとすると喉がつまっちゃう」
亜衣さんが殺したと言ったところで、そうなんだ、じゃあ殺人だとはならないだろう。なにもかわらないんじゃないか。結果じゃないんだな、言葉にするのがむづかしいんだ、こわいんだ。言葉にはそんな魔力的なところがある。
「誰かに言いたい、でも言えない。つぐないたくてもできない。いつまでも許されることはない。学校にも行かずに家でずっと考えてたんだ。テレビをつけたリビングでソファに体育ずわりしながら、ずっと」
体育ずわりが好きなんだな。今もしているし。もうお尻びちょびちょだろ。
「2年になってからのことだね。夏休み前だった。テレビで見たんだ、三原さんの事件のニュースを。誰が殺したんだろ、同級生じゃないかな。どうして殺しちゃったんだろ、今なに考えているんだろうって思った。
ボクが転校したいと言ったら、親も賛成してくれて引越ししてこの学校にきたんだ。好都合なことに三原さんの席を使うことになって、そうしたらとなりがわたなべで。わたなべの顔を見たときにすぐわかった。わたなべが三原さんを殺したんだって」
失礼な奴だな、人の顔見て殺人犯ヅラしているとは。僕の表情は複雑な内容まで伝えてしまうほど豊からしいけどな。隠しごとできねえじゃねえか。僕はポーカーフェイスを心がけているんだが。
「ねえ、どうしたらいい? ボクがやったことどうやってつぐなったらいいかな」
「ちがうな」
「え?」
「僕とはちがう。僕ならそんな風に考えない。亜衣さんはつぐないたいの?」
「そうだよ。つぐなって、こんな気持ちから抜け出したいって思うよ。わたなべだって同じでしょ?」
僕は三原さんを殺したって言っていないんだが。人殺しの顔してるからって三原さんを殺したと疑っても説得力ゼロだからな。
「ひとを殺すってそういうことじゃないよ。つぐなうとか許すとか、そんなのは誰かが考えた法律上の問題ってだけだろ。少年院いきました、刑務所にはいっていました、だから許されてもう人殺しではありませんなんて単純なものじゃないよ。
ひとを殺したら死ぬまで人殺しだよ。そうじゃなかったら、そいつは人間じゃない。ヒトデナシだな。
だから、人を殺しましたって告白したところで意味はないし、少年院にはいったって、それは自己満足だ。満足しちゃったらヒトデナシという罠が待っている。罰してほしいってのは単なるドMなだけだ。罰してもらってよろこんでいる。くだらない。
法律とは関係なく自分は人殺しだって言っているのに、法律で裁かれて、罰を受けて、それで許されたいなんて、矛盾もいいところだ。虫がよすぎるだろ。
人を殺しておいて許されよう、終わったことは忘れて楽しくやろうなんて、そんなことは望んじゃいけないんだ」
しまったぁ、言いすぎた! 僕はケガで動けないのに、手ごろな石がそのへんにいくらでもあって、亜衣さんは人を殺したと告白したってのに。思いっきり殺してくれって言っているようなものだぞ。いや、まだ望みはある。鹿島が先生たちを呼んでくれているはず。先生たちがきてしまえば亜衣さんだって手を出せない。たのむ、先生たち早くきてくれ。
そうだった、鹿島だった。僕はもうダメかも。
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