第37話 亜衣さんは殺す?

 林の向こうはやっぱり崖だった。亜衣さんは崖っぷちにいたわけだが、その崖っぷちが崩れたものだから一緒に落ちることになった。昨日の雨のせいかな。

 僕はタイミング悪く亜衣さんをつかまえようとして、逆に手をつかまれ、予想外に亜衣さんをひっぱりあげないといけないことになった。亜衣さんの方でも、助けてもらえると思って手をつかんだのに僕がひっぱられてしまったものだから、手ごたえがなく体勢をくずしつつ落下することになった。

 僕の立つ地面はくずれなかったのに、亜衣さんの巻き添えを食ってひっぱり込まれた。亜衣さんに手をつかまれたまま、崩れる地面と一緒に落下している。これって助かるやつなのか?

 亜衣さんはのけぞるような体勢だ。頭を強打するんでは。腕を引き、亜衣さんの首にもう一方の腕をまわして引き寄せる。亜衣さんが抱きついてきた。自由になった手を背中にまわして抱き締める。

 落ちるのって気持ちわるいものだ。鼻がつんとするし、風が当たる感触も嫌なものだ。雪崩みたいになった地面に足でブレーキをかけつつ、尻もちをついて滑る。僕のお尻はそんなに強くないぞ。


 落下はとまった。ぐぐぐ。下半身が熱い。痛い。打ち身とすり傷で激痛がきた。亜衣さんをはなして横向きに転がる。

「わたなべ、ごめん」

 僕は声が出ない。痛みに耐えるので限界だ。亜衣さんは大丈夫そうだな。女子に関わるとロクなことがない。僕は女性恐怖症になるんじゃないか。

 はぁはぁ、はぁはぁ。

 ダメだ、息をするだけで精いっぱい。動けない。

「どうしよう。誰か気づいてくれたかな。助けがくるかな」

 おろおろしている亜衣さん。ちょっと面白い。

「わたなべが死んじゃったらどうしよう」

 先回りして縁起でもないことを考えるな。そこまでのケガじゃないだろ。

 はぁー。はぁー。

 すこし落ち着いてきた。動かなければ痛みをガマンできる。

「亜衣さぁーん、大丈夫?」

「わたなべが、わたなべが死んじゃう。どうしよう」

 だから、殺すな。でも、ともかく伊吉さんが気づいてくれたみたいだな。崖の上から声をかけてきた。ここから姿は見えない。また崩れるかもしれないからな。

「アイちゃーん、すぐに助けるからねー」

「って、どうやって」

「えっと、どうしようか」

 鹿島と伊吉さんにはなにも期待できん。笹井さん、頼む。

「鹿島くん、先生呼んできて。崖の下で渡辺くんが大ケガして動けないって」

「そうだな。うん、3分で行ってくる」

 カップラーメンじゃねえぞ! なんでこんなときにまでツッコミを入れさせるようなことを言うんだ。ボケないと死ぬのか? 死にそうなのは僕の方だ。死なないけど。

「わたなべ」

 亜衣さんは僕の近くで地面に体育ずわりしている。お尻濡れるぞ。

「夜にも言ったけど、ボクは人殺しなんだ」

 おいおい、いまその話題を持ち出すか? せっかく昨日聞いた話はデマだということにして安心したところなのに。デマではないと思っていたけど。

 まさか、この機に乗じて僕を殺すつもりじゃないだろうな。その辺に落ちている手ごろな石で殴り殺しておいて、崖から落ちるときに頭を打ったんだね、打ち所が悪くて残念、なんてことにしようというのでは。

 殺す前にいいことを教えてやろうってことか。典型的な殺人犯のやり口だ。結局、ぐずぐずしていて失敗するんだけどな。

 だいたい、亜衣さんキャラ設定を盛りすぎだろ。転校生でボクっ子というだけで満足してくれよ。殺人の設定なんていらないよ。

「去年のことなんだ。同級生の女子をね、殺したの」

 雰囲気をもたせるな。聞きたいなんて言ってないし。こっちは痛みが走るから身動きとれないんだぞ。かってなやつだ。知ってたけど。

「そいつは小学校のとき、ボクと仲のよかった子をイジメてた。気の弱い子だったんだけどね、それだけのことで目をつけてイジメたんだ」

 そういう人間のクズみたいなやつは本当にいるんだろうな。うちの学校でもブスと言ってイジメている女子がいるし。まわりからどう見られるか、なんも考えていないんだろう。

「ボクは現場に遭遇するたびにイジメを止めることしかできなかった。ボクがいないところでイジメたんだ、あいつは。友達はガマンしてなんとか中学を卒業して、私立に行ったよ。公立だったらあいつとまた同じ学校でイジメられただろうからね」

 亜衣さんならそいつをボコボコにしてしまいそうだけれどな。といっても、話の流れからすると、殺したってのはそのイジメっ子ということになるのか。ボコボコどころじゃねえな。

「中学でもボクとそいつは一緒の学校だった。クラスはちがったけどね。顔を合わせることもほとんどなくなった。でも、廊下なんかで見かけることはあって、気の弱い子を家来みたいにしてあしらっていたよ。あいかわらずのクソだなって思ったね」

 人間、わるくなってもよくはならないものだからな。クソはクソのままだ。

「中学になって、球技大会ってのがあるでしょ? ソフトボール部のボクはもちろんソフトボールのチームだった。

 1試合目は1年のチームとの対戦だった。対戦相手は、あいつのクラスで、ピッチャーをやっていた。運動が得意だったんだね。そういうやつが調子に乗ってイジメをするんだ」

 スポーツマンといってもいろいろなのは、世の中の一部なんだから当たり前だ。世の中にクズがいるなら、スポーツの世界にもクズがいて当り前だな。

「メッタ打ちにしてやるつもりだった。けどね」

 言葉が途切れた。苦労して首をひねって亜衣さんを見ると、目に殺意が燃えている。僕を殺さないで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る