第34話 亜衣さんが事件を呼ぶ?

 亜衣さんはドアロックをはずしてノブに手をかけた。ロックを外すとき、屋上前の踊り場空間に冷たい音が響いた。

「いくよ?」

「いや、ちょっと待って」

 屋上に出るドアは普通1箇所だ。そのドアにロックがかかっていたとすると、まさにロックド・ドア、密室ではないか。いや、屋外ではあるけれど。実質は密室だ。外から屋上にアクセスできるとか、屋上への別の出入口があるとかでなければ。

 それに、シルエットから人っぽいと判断されるドアの向こうの物体、ずっとドアに貼りついたままということは、死んでる? もともと生きていなかったのでなければ。

 死因はわからないが、殺しの可能性があるのでは。となると、殺した人間がまだいるよな。殺してからしばらくたって死体が動き出しドアにへばりつくなんてことがあるとは考えられないし。

 ここは会議室ではない、殺人現場だ!

 いや、ないな。林間学校の施設で殺人事件なんて起きないだろ。しかもちょうど屋上のドアに僕がぶつかったタイミングで、まさにその屋上で殺人事件が起きるなんて。都合がよすぎる。僕には都合わるすぎるけれど。

 イチかバチか、開けてみるしかない!

「うん、開けて」

「長いちょっとだったね。しかも女の子に開けさせるんだ」

「いいから、開けて!」

 僕を信じろ。僕のなにを信じるのかはわからないけど。女の子と言っても亜衣さんの方が僕より力あるだろ。開けてくれ。

「うんこいしょー。重い。わたなべも手伝って」

 ドアにすこし隙間ができたところで風と雨が吹きこんできた。強風だ。ドアは死体がひっかかって開かないらしい。ドアノブの上のフレーム的な金属のところに手をついて押す。亜衣さんが邪魔で推しにくい。なんだか僕が亜衣さんに背後から抱きつこうとしているみたいになっているぞ。危険。

 ずずずと死体が移動してドアが開き、通り抜けられるくらいになった。亜衣さんがせっかちにドアをすり抜けて屋上に出る。

「あ、ちょっと。犯人いるかもなのに」

 ひとの話なんて聞きやしねえ。しかも雨と風でひどいことになるだろ。

「こ、これは」

 どうした。まさか、鹿島の死体か? かってに殺してはいかんか、一応幼馴染だし。鹿島はきっと部屋に居残っていて、ほかのグループとのんきに遊んでいるに違いない。

 周囲に警戒しながら僕もドアから屋上へ出る。床は雨で濡れていた。密室殺人事件の謎を解く責任が僕の肩にのしかかる。肩が凝っているだけじゃないからな。

「死体じゃなかったか」

「なにこれ」

 出来の悪い等身大人形といったところ。不気味だ。布張りで綿がいれてあるらしく、雨を吸って重たくなっている。胴体から下に棒が突き出ている。先が割れているから、これの相方の棒がどこかにあるのだろう。この人形はそこからやってきたことになる。

 どこにも殺人事件はなかった。でも、なんでこんなものが。呪いの人形だな、きっと。

 屋上を見回すと、雨が風で踊り狂っている。見ているだけなら面白いと思うかもしれないけど、現場にいると雨と風がぶつかってきてひどいありさまだ。急な強風に足元がよろける。

 折れた棒の残骸がすこし先にあった。ほかにいくつもあるのがわかった。人形も屋上に落ちている。あった。人形が棒で支えられて立っている、生き残りが。もとはああだったのだ。風で棒が人形を支えきれずにポッキリいったのだな。そのままの勢いでドアに飛んできてぶち当たった。棒で支えられていたから立ったまま飛んできたんだ。謎はすべて解けた! ぴきーん!

 それにしても、なんで屋上にこんなことを。誰かに呪いをかけるためでなければ、なんらかの宗教的な企みが進行しているのか。林間学校で?

「へっぶち」

 亜衣さん、風邪ひくぞ。もうひいたか。

「部屋にもどろうか」

 ドアを開けようとしたら、かってに開いてフードをかぶった謎の人物が現れた。いよいよ殺人犯のおでましか。

「生徒さんは屋上に出たらいけねえんだぞ」

 謎の人物は林間学校のおじさんだった。フードはカッパだ。これから屋上に出るための準備だな。

「あ、すみません。もどります」

 おじさんは横によけて僕たちを建物の中にいれた。

「ずぶ濡れになって、着替えあるかい。風呂はまだだけどシャワー浴びて着替えなさい」

「ありがとうございます」

 やさしいおじさんだった。人は殺していない、たぶん。でも呪いはかけているかも。

「あれってなんだったんですか」

「カカシのことかい」

 カカシかよ。いや、たしかにカカシっぽい作りではあるけど、なんで屋上に。

「ここで野菜を作っているんだ。まわりから鳥がやってきて食っちまうから、カカシを立てたんだけどもな、効果はねえな」

 そんなものだな、現実は。野菜のプランターがひっくりかえって土だの野菜だのが屋上の床にぶちまけられていた。昨日のうちに避難させておけばよかったのに。

 なんでまた林間学校の屋上で野菜を? 野菜を作りたかったら、地面に植えればよさそうなものだ、いくらでもスペースはあるだろ。

「なんで屋上で野菜作るんだって顔だな」

 なんだよ、その複雑な顔。亜衣さんも、うなづくな。本当なら、僕って表情豊かすぎるだろ。読み取る方も読み取る方だが。

「地面に植えたらイノシシだの鹿だのに荒らされるからな。そんな獣に寄ってきてもらっても困るんだ」

 林間学校だからな。動物園じゃない。

 おじさんは人形を回収すると言って屋上に出て行った。人形なんて回収してなんになるのかわからんが。

 このあとおじさんが殺されて事件になったら僕たちは容疑者だな。そんな物騒なことを考えながら階段をおりた。

 ずぶ濡れでびちゃびちゃと歩く。ひどい目にあった。亜衣さんも笹井さんとかわらないな。一緒にいると僕はひどい目にあう。

「面白かったね。笹井さんに話したら悔しがるんじゃない」

「面白くない」

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