第33話 笹井さんは飽きてる?

 林間学校は学校であって、キャンプ場ではない。普通に泊まる建物があって、大浴場があり、ウォシュレット完備の水洗トイレあり、食事も2日目からは施設の食堂で出すというように、設備は当たり前に整っている。なんというか、学校のメンバーで出かけたというだけで、特別感はない。快適な一夜を過ごした。

 事件起きないねなんていう笹井さんのつぶやきは、天使の歌声として鑑賞するものである。意味を考えてはならない。

 僕たちがすこし退屈にしているのは、朝になったら雨が降っていて今日のスケジュールがキャンセルになり、部屋で待機となったせいである。今はグループごとに適当に暇をつぶしている。

 部屋というのが大部屋で、男女が左右に分かれただけで一緒の部屋に押し込まれている。寝るときも男女一緒だったわけだが、ロマンチックなことはなにもなかった。

 朝からカードゲームをずっとやっていたのだが、何回もやっていたら飽きるというもの。僕も飽き飽きしている。別に、負けがつづいたからではないからな。

「つぎはなにしようか」

 一番飽きに弱い亜衣さんが言ってしまった。それを言っては、みんなが乗ってしまう。乗った先にはロクなことがないことを、僕は知っている。このメンバーだものな。わかっていないのは本人たちだけだ。

「林間学校に猟奇殺人事件が起きた過去とかないかな」

「あるわけない」

「むー」

 そんなものがあったら閉鎖になるだろ、教育施設としては。

「いや、あるかもしれないよ。ほら、戦前とか」

 都合よく戦争を利用するな。罰があたれ、亜衣さん。

「猟奇殺人じゃなくても、七不思議とかね、怪異がありそうじゃない?」

 伊吉さんまでそっち系のひとだったのかよ。類が友を呼んでおる。

「怪異って。やめてくれよ、小学生じゃないんだから」

「えぇ?」

 怒りの圧がすごい。こわい。伊吉さん、怖い人だったの? やっぱり類が友だ。

「こんなところでごちゃごちゃ言っていてもはじまらないよ。とりあえず、レッツ・ゴー!」

「レッツ・ゴーってどこにいくんだよ」

「うん、この建物の中を探検するんだね。いいでしょ? 会長」

「う、うん。カードゲームも飽きちゃったしね」

「でも、この部屋で待機してないといけないんじゃ」

「なんのために? 先生たちが安心するためでしょ。そんなことのためにボクたちの貴重な青春の一日を無駄にしていいわけがないよ。そんなの罪だよ、罪。青春に対する罪」

 亜衣さんが僕の鼻に向けて指の先を突きつけてくる。とんでもなく都合のよいことをいって。亜衣さんは暴走列車である笹井さんの燃料だな。爆発危険だ。

「よおし、行こう。ほら、ドア開けて」

 僕は亜衣さんに背中を押されて部屋のドアへ突き当たりそうになり、つい言われるままにドアを開けてしまった。これは僕を共犯にするための罠では。ちがうんです、刑事さん。亜衣さんが無理矢理ドアを開けさせたんです!

「さあ、どこ行く?」

「怪しいのは奥の方の使われていない部屋だよね」

 笹井さんはもっともらしいことを言う。そんな理論は知らないぞ。亜衣さんに背中を押されながら振り向いたら、ドアのところで身を隠しながらこちらに手を振る鹿島が見えた。そうだよな、あるわけないけど事件や怪異がかかわることには付き合えないよな。ホントあるわけないだろ、鹿島。

 京極堂だって言っている。世の中に不思議なことなどないのだよ、鹿島君と。起こり得ないことは起こらない。起きた時点で起こり得ることだったというわけだ。どういう仕組みで起きたかがわからないだけなんだな。怪異なんてものは起こり得ないことなのだから起きないし、起きたように見えたとしたら、なんらかの仕組みやトリックがあるわけだ。

 事件だって同じこと。起きたとしても、現在起きている事件でなければなにも危険はない。気持ち悪いという意識の問題だけだ。人が死んだって、きれいに掃除すれば死んでいなかったのと同じになる。過去の事件現場なんて見てもなんの役にも立たない。なんらかの痕跡を見つけられたらすごいことだけれど、警察が見つけられなかったものをなんの訓練も受けていない中学生に見つけられると考えるなら、大人をなめすぎだ。

 建物内の散歩だと思えばよいが、部屋を抜け出したことが先生にバレたらやっかいだ。

「って、いつまで背中を押しているつもりだ」

「やっと気づいた?」

 考えごとをしすぎていたらしい。あれ? 僕と亜衣さんしかいないぞ。笹井さんと伊吉さんはどこへ行った。

「笹井さんと伊吉さんは?」

「あれ? ついてきてない? ボクの走りには誰もついてこられなかったようだな」

「走ってないだろ。ぶべっ」

 亜衣さんを振り向いて、前に顔を戻したら壁にぶつかった。いや、壁と思ったものは金属製のドアだった。上半分にガラスがはまったドアだ。ガラスは平らではなく、向こう側はシルエットとだいたいの色しかわからない。屋上に出るドアらしい。いつの間にか階段をあがってきていたのだな。

「ひどい。危険を知らせないばかりか、ぶつかるように仕向けただろ」

「ちがうよ、ちょうど話しかけてきたから危ないって教えられなかったの」

 うそくせえ。背中を押すのをやめればよかったじゃないか。

「かってにどんどん歩いて行っちゃうんだもん」

 あれ? 押されてなかった? となると濡れ衣だな。すまん。だが亜衣さんには謝らないぞ。普段のおこないがわるいのだな。

 どん!

「きゃー!」

「おおう」

 僕に対抗したのか、ひとがドアの向こうからアタックしてきた。ちょうどさっきドアに激突した僕みたいに。事件のはじまりか?

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