第32話 パエリアにカレー

 林間学校は近所の林で遊ぶものではない。林間学校初日、ここは高原である。標高が高い。紅葉は終わっていて、落ち葉が大量に地面につもっている。

 僕は釣りをするくらいのものでアウトドア派ではない。キャンプに興味をもたない人間である。

 でも、いいものだな、高原というところも。なんだかテンションがあがってしまう。山に住む人たちが海にきてテンションあがるのがわかるぞ。ヤッホーと叫びたい。ちいさな子供ではないからガマンするけど。この調子なら、つぎは山に登っちゃうかとまで思う。


 林間学校の1日目は移動とクッキングである。夕食を外で作って外で食べる。なんちゃってキャンプだ。どこがなんちゃってかというと、薪で火を炊く用のレンガの窯スペースが用意されていて、上には鍋を置く用の網が設置されている。調理用の台も用意されていて、快適にまな板と包丁を使える。そんなキャンプはないからだ。

 本格的なキャンプをしたいなんて思っていないからよい。まあ、こんなときのメニューと言ったら、火をおこしてカレーだな、定番。

「亜衣さんは料理できないんだろ? ジャガイモ切ったらちいさくなりすぎて、鍋かきまぜていてって追い払われちゃうやつ」

「わたなべご機嫌だね、オシャベリになってる。でも残念、ボクはキャンプ上級者、キャンプ飯はボクのテリトリーなんだ。今日はパエリアを御馳走するからね、楽しみに待ちたまえ」

 やっほー!

 山に向かって心の叫びをしてしまったじゃないか。パエリアってなんだよ、カレーじゃないのかよ。だいたいパエリアといったら魚介炊き込みご飯だろ、なぜ高原にきてまで地元の海の幸を食いたがるんだ、意味わからんだろ。


 イカれた亜衣さんは放っておいて、ちょっとほかのグループからカレーもらってくる。

「うちはパスタだよ」

「桜チップで燻製作るんだ」

「バーベキューだぜぇ、イェーイ」

「ピザだけど、食べたい?」

 カレーは全滅か。失われたレシピなのか。ほかの地域との交流を絶って独自の文化を守っている未開民族を見つけないとカレーに出会えないのか。

「渡辺くんどうしたの? さっきまでのテンションがだださがりじゃない」

「いや、ただカレー作ってるグループないんだなって思って。こんなときの定番はカレーだというのは僕の認識が古かったのかな」

「そんなことないよ、わたしもカレーは定番だと思うな。渡辺くん、カレー食べたかったの? みんなでメニューを決めてるときぼうっとしてるから平気かなーって思ってたけど」

 そ、そうなのか。ぼぅっとしてたか。僕のことよく見てるな。って、感心してられない。僕のこと疑っているからよく見てるんだもんな。

「よかったらカレーあげよっか? レトルトだけど、こんなこともあるかと思って持ってきたんだ」

 笹井さん! 天使! 俺の嫁。名探偵! 名探偵はダメだな。


 パエリアのとなりで火にかけた鍋に湯を沸かし、湯煎したレトルトカレー。口を切ってドバーッとご飯にかける。亜衣さんが炊いてみんなの分をよそってくれたご飯に、白飯ではないところがイマイチだが、笹井さんチョイスのカレー、最高じゃないか。うん、スパイシーな香り。カレーの香りは食欲をそそるな。腹が減ったぜえ。

 照明が悪くて色味はわからないけれど、サラッとしたタイプのカレーだな。笹井さんは本格派だ。

「ミステリーと同じで本格が好きなんだ」

 本格ミステリーが好きなんて、僕と同じじゃないか。気が合うね、僕たち。いや、一番うれしくない笹井さんの好みだ。なんで本格ミステリーなんて好きになっちゃったかな。笹井さんには人の死なない日常の謎系がおすすめだったのに。

 ともかく、笹井さんのカレーを一口。

「うん、うまい」

「でっしょう? ボク、パエリアには自信あるんだ。って、なにかけてんのー、コラー!」

「☆※%/&#?$$」

 亜衣さんがなにか叫んでいるけど、それどころではない。カレーがかれえ! なんだこの激辛カレーは。笹井さんは辛党だったのか。バーモントを卒業した僕と言っても、これは辛すぎる。一口目をパクっとやったときにはうまいと思ったのに、一瞬あとにぶん殴られた気分だ。僕を殺しにきているのか、笹井さん。

「亜衣さんにはごめんだけど、パエリアにレッドカレーもいいね。シーフードカレーみたいになって、シーフードの旨味が辛味とマッチしてるよ」

 いや、笑顔でそんなレポートされても頭にはいってこないよ。それだけ辛いってことで、笹井さんの舌はどうかしている。

「どうしたの、わたなべ。様子が変だよ」

「カレーがおいしくって感動しているのかな」

「ちがうよ、パエリアだよ」

「それなら亜衣さんもカレー食べてみる?」

 女の戦いを勃発させるんじゃない、こんな非常時に。ラッシーをくれ! そんなナイスなドリンクはないか、林間学校に。

「どうしたの? なにか探してる?」

「カレーがからかったんじゃない?」

「そんなことないよ、ちょうどいい辛さだと思う」

「じゃあ、ボクの飲みかけミルクティーをここに置くよ? 飲んだらボクの勝ち、カレーが辛かったってことで」

「じゃあ、わたしはジンジャーエール、ショウガが効いてるやつね」

 なんだって? 笹井さんの飲みかけジュースを飲めだって? ここは天国か。辛さにやられて僕は死んだのか? だが、辛いときにはミルキーな方をとるな。ショウガを効かせなくてもいいだろ、大人向けのジュースだな。

 僕は真空断熱の金属製マグカップを取り上げてあおった。

「うあっちい」

 地面に吐き出した。猫舌ってわけではないのに、口中をやけどしたぞ。亜衣さんは熱いのが平気なイカれた口をしていた。

 このメンバーは、やっぱり僕がひどい目にあう。知っていたけどな。

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