第31話 ハッピー・バースデー

 今日も朝がきてしまった。めっきり寒くなって布団から出たくない気持ちが強くなった。だから布団にとどまる時間が長くなるのも自然というもの。

 部屋を出て階段をおり、1階のダイニングのドアを開ける。ココノがご飯を食べていた。

「おはよう。ごめんな、昨日はイワシしか釣れなくて」

 ココノはちょうどイワシを口に入れるところだ。お前、食べてもらえたんだな。ショウガ煮になったか、よかった。うんうん。

「1匹だけだったから、お兄ちゃんの分ないよ」

 うそ。そういえば、ココノが食べてしまったら、僕の朝食のおかずは? イワシのショウガ煮は?

「お茶漬けでいいでしょ?」

 母さんが僕のご飯茶碗をもってきた。お茶漬けだ。選択の余地はなかった。

「ああ、うん。おはよ」

 朝食のおかずって、僕の釣果だのみだったの? 保険という言葉を知っていないのかな、母さんは。

「なにか言いたそうね」

「いや、なにも。別に」

「男の子はつまらないものね、なにか言っても別にとしか返ってこないんだから。嫌になっちゃう」

 すまん。つまらない人間で。おこづかいを押さえられていると思うと、なにも反論ができないだけなんだけど。

「そうそう。今日はケーキを買っておくから、夕食の時間には家にいなさいよ」

「なんでケーキ?」

「お母さんのカクヨム仲間がお誕生日なのだって、11月7日」

 言っていることがわからないが、ケーキが食べられるならなんでもいいや。

「ココノはね、いちごのケーキがいいな」

 いちごのケーキは季節じゃないからおいしくないんじゃないか。今だったら、イモかクリか、カボチャってところだろ。

「なにかリクエストは?」

「別に」

 肩をすくめられた。どんなケーキがあるか、目の前にショーケースがあるわけじゃないからわからないんだよ。仕方ないだろ。ショーケースを目の前にしても選べなくてなんでもいいと答えてしまうんだが。

「ココノ、なに食べてるんだ?」

 今は口のまわりに黒いものをつけている。

「別に」

 僕のマネをするな。言っているそばから黒くて丸いものを口に入れた。

「3個だけだもん」

 どうやら朝食を食べたあとのデザートで、僕が夜のコンビニで買ってきたでん六のコーンチョコを食べているようだ。ご飯の直後によく食べられる。ベツ腹というやつか。女の子はこんなちいさなときから女の子なのだな。


 妹のご機嫌がよくて今日もよい一日になりそう。そんな期待を胸に登校した教室は、さわがしかった。話にまざるまえにチャイムが鳴って先生が教室にきてしまった。1勝1敗。

 1時間目の前に聞きこんだ話によると、今日午後のクラス活動という名の特にやることがない時間に林間学校の準備なるものがあるらしい。林間学校に行くなんて聞いていなかったんだが? 僕が入院しているときに話が進んでいたのだと言う。いや、退院したあとに話す機会はあっただろと文句を言ったら、探偵倶楽部の勧誘のことで頭がいっぱいで忘れていたのだそうで、往生際悪く倶楽部にはいらない僕がわるいことにされた。冷たいな、誰か教えてくれよ。たとえば鹿島。

 これも知らなかったんだが、林間学校のグループ分けで僕は探偵倶楽部のメンバーとおなじグループにされていた。ひどい。といって、ほかにグループを組むべきひとはいないんだが。

 グループは探偵倶楽部の女子3人と、僕、鹿島、女好きの森山という、まともなやつはいないのかグループだ。やれやれ、楽しみだぜ。楽しみじゃない! なんだこの肉食獣の群れに羊が一匹みたいな状況は。殺人犯の僕のほうが肉食獣という説もあるが。

 林間学校で事件でも起きてくれればよいのだけれど、コナンでもあるまいし、出かけた先で都合よく事件に遭遇するなんてことはあり得ない。フリじゃないからな!

 クラス活動の時間にはバスの席順だの、林間学校でおこなうグループ活動だの、僕にはどうでもいいことについて決めた。

 どうでもいいことだがちなみに、バスの席順は僕のとなりに鹿島、伊吉さんと亜衣さんがならんで、笹井さんのとなりは森山だ。笹井さんの隣なんてVIP席をゲットした割に浮かない顔をしている森山。

「どうした、しあわせが大きすぎて実感できずにいるのか」

 涙を流してよろこぶところだぞ。

「悪くはないんだけど、笹井さんは幼児体型だからな。好みとちがうんだよなあ。亜衣さんか伊吉さんの隣がよかった」

 なんだと? 笹井さんの尊さを理解しない人類がいるなんて。地獄に行って溶岩鍋の釜茹でにしてもらったほうがいいぞ。

「じゃ、じゃあ、席かわろっか」

 それがいい、そうしよう。ナイスアイデア。

「やだよ。鹿島のとなりだろ、笹井さんでガマンするよ」

 やっぱり地獄に落とすしかないな。

「みんなでバスに乗るの楽しみだね」

 笹井さん天使。俺の嫁。うぉー、教室がそのまま移動してくれたら笹井さんのとなりだったのに! 人類の技術はなんて未熟なんだ。くそー!

 いや、笹井さんは僕を疑っている。となりの席にならなくてよかった。よかったぞー、くっそー!

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