第29話 笹井さんは探偵したい
朝の会が終わって、1時間目の授業までのあいだ。亜衣さんがすかさず話しかけてくる。
「探偵倶楽部にはいる気になったでしょ?」
「どこにそんな要素があったんだ? 先生の話を聞いただけだろ」
「わたなべは人の話なんて聞いてないでしょ。その間に探偵倶楽部について考えていたはず。そしてその素晴らしさにも気づいたというわけ。だからはいるでしょ?」
「どこからどう考えても素晴らしくなんかない」
「で、でも、みんなで一緒に活動したら楽しいと思う」
うん、今の僕の発言は撤回しよう。笹井さんと過ごす放課後は素晴らしいものにちがいない。だが、ほかのすべての点において、ロクなことがない。いや、笹井さんと過ごす素晴らしい放課後も、僕がひどい目にあって終わる未来しか見えない。笹井さんの誘いにのるのはやめておけ、僕。
「それは楽しいかもしれないけれど、僕にはもっと大事なことがあるんだ」
ばばん!
「だって、探偵だよ? ホームズだよ? 好きでしょ」
亜衣さんの机の上に「未解決事件ファイル」なんていう物騒な本を見つけてしまった。シールが貼ってあるから図書室から借りてきた本だな。余計なことをしてくれる。そんな本は図書館に置いてはマズイだろ。学校当局に苦情を述べたい。
「これだから素人は困る。探偵というのはな、浮気の調査したり、ペットを探したり、ほとんどが便利屋みたいな仕事をしているのだよ。なにも面白くない。日本で犯罪の捜査をしようなんてしたら、警察に公務執行妨害で捕まるのがオチだぞ」
「え、そうなの?」
「そうだ。亜衣さんなんて、すぐに逮捕されるよ。まちがいないな」
「面白いじゃん!」
面白くないだろ。逮捕だぞ、警察だぞ? いや、亜衣さんは逮捕された方がよいのかも。僕にとっては邪魔なだけの存在だし。
「なんだ、なにが面白いんだ?」
さらにメンドウなことに鹿島までやってきた。なんで僕のまわりはこんなやつばかりなんだ。
「そうだ、鹿島もはいりなよ、ボクたちの探偵倶楽部に」
「いれてくれるのか? うれしいな。で、探偵倶楽部ってなんだ?」
これ、と言って亜衣さんは机の上の本を取り上げて表紙を鹿島に見せつける。
「あ、ああ。それね」
急にトーンがさがったが、鹿島はホラーとかグロとかは受け付けない体質なのだ。突きつけられた本の表紙には、コラージュ的にいろんな事件の現場写真が使われている。
「ちょっとトイレ行ってくる」
まちがって見てしまうと、吐き気をもよおして、本当に吐く。廊下で吐くなよ、鹿島。
「鹿島には探偵倶楽部なんて無理だよ」
「そう、みたいね。やっぱりわたなべがはいりなよ」
鹿島の代用品みたいに言うな。ぜったいにはいらないぞ。
「あの、笹井さん。まさか、殺人事件を探偵しようなんて思ってないよね」
「うん、わたしたちの探偵倶楽部は猟奇殺人事件専門だよ」
うぉーい! やめてくれ。笹井さんを危険な目に遭わせるわけにはイカン。
「中学生には日常の謎がいいんじゃないかな」
「ひとが死なないのはミステリーとは認めないんだ、わたし」
ミステリー原理主義者め! ライトミステリーファンを敵に回して堂々としている笹井さんは素敵。兄貴と呼ばせてくれ。
じゃなかった、ますます止めないと。だが、笹井さんの尋常ではない精神力の強さは僕がこの全身をもって体験しているからな。誰にも止められないよなあ。
「そうは言ってもね、笹井さん。初心者が急に未解決事件なんて、むづかしいと思うんだ。もっと手頃な事件からはじめてみてはどうかな。猟奇殺人なんてめったに起きないしね」
笹井さんは考えはじめた。ナイス僕。これはうまくやったんじゃないか。ここでさらに畳み掛ける必要があるな。
チャイムが鳴って、同時に先生が教室にきてしまった。殘念。あと一押ししたかったのに。
学校内で起きた謎現象とかあれば笹井さんの注意をそちらに向けさせることもできそうなものだが、思いつかん。僕は中学生にしてはなかなか優秀な頭脳をしているはずなのに。
僕の能力なんてたいしたことないな、この役立たず。おっとイカン。自分で罵ってよろこんでいたら、ただの変態だ。笹井さんに罵ってもらえれば最高なんだが。この調子では変態が身についてしまう。ヤバいな僕。
日常のナゾといったって、僕はライトミステリーに詳しくないんだ。どちらかというと笹井さんと同じでマーダーミステリー好きだからな。頭脳を無駄にフル回転させてもんもんとして過ごしたけれど、なにも出てはこなかった。
給食の時間になってモソモソしたコッペパンを咀嚼する。正直マズイ。給食はもっとうまいものだろ。不幸だ。
「あのね、渡辺くん」
「むん? もんま?」
「食べてる途中に話しかけてごめんね」
牛乳をちゅーとやって水分を吸わせて柔らかくしてから飲み込んだ。便秘薬の宣伝みたいなことをしてしまった。そんなことはどうでもよかった。
「なあに。ぜんぜん大丈夫だよ、笹井さん」
なんだか目を輝かせているぞ。危険を感じるんだが、この感覚が当たるかどうかわからない。もしかしたらよい話かもしれないじゃないか。
「あのね、三原さんの事件があるじゃない」
パンがないならケーキを食べればいいじゃない以来の何言ってやがんだコンコンチキ大賞に輝いてしまいそうなことをのたまう。
「そんなの危ないよ、犯人捕まってないんだし」
「未解決事件」
親指立てなくていいから。笹井さんには似合わないし。
「学校の同好会活動として認めてもらえないと思うよ」
「そうかなあ」
しょぼーん。わー! 笹井さんを地獄に突き落とした罪人は僕だぁー。
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