亜衣さんは殺してる?

第28話 笹井さんは仲間を呼んだ

 退院してはじめての登校だ。大事をとり早めに家を出て、ゆっくり歩いてきた。教室についたのは遅刻ギリギリであったことは言うまでもない。

「あ、わたなべ!」

「亜衣さん、おはよう」

「おはよう渡辺くん。退院したんだね、おめでとう」

「めでたいのかどうかわからんけど。マイナスがゼロになっただけじゃないかな」

 亜衣さんは挨拶なのか、僕の名前を呼んだだけだ。笹井さんは、ちょっと恥ずかしそう。あのときの、大丈夫だよと言って僕の頭を抱きしめてくれたのを思い出したのかな。僕もあのときの気持ちがよみがえってきたよ。

 いかんいかん。忘れたのだった。忘れた忘れた。

「で、僕の席になぜ伊吉さんが?」

 三原さんの友達だった伊吉さん、笹井さんと仲良くなってしまって心配なんだが。

「ごめんごめん。まだずっと休むかと思ってた」

 微妙に敵意を感じるんだが。伊吉さんまで僕のことを疑っていないだろうな。

「ボクたちは探偵倶楽部をはじめたのだよ」

 はい? なにをバカなことを言っているんだ。亜衣さんはアホっぽくピースの手を突きだしている。亜衣さんの単純な頭脳に探偵なんて無理だろ。探偵をナメるな。

 ボクたちというからには、笹井さんと伊吉さんもメンバーということだな。それで笹井さんと亜衣さんの席に挟まれた僕の席に伊吉さんがすわって大変便利だったわけだ。でも、僕が学校きたんだから席は返してもらいたい。

「わたなべもはいるでしょ? ボクたちの探偵倶楽部」

「なぜそう思うんだ。はいるわけないだろ」

「部活はいってなくて暇でしょ。それに、探偵小説が好きなんだから探偵倶楽部にはいりたいに決まってるよ」

「決まってない」

 笹井さんが話したんだろうな、僕がミステリーを読むこと。伊吉さんは、ごめんと言ったわりには僕の席からどくつもりがないみたいだし。退院早々メンドクサイ。こういうときにかぎって先生なかなかこないしな。

「ボクと笹井さんと、伊吉さんで倶楽部をあたらしく作ったんだけど、作るときの申請書にわたなべの名前も入れておいたんだ」

 なんて勝手なことを! 亜衣さんは迷惑千万女子だな。

「でも、先生に却下されたー。渡辺は学校きてないだろ、勝手に名前を使うなって」

「だから、あらためて入会の届けが必要なんだ。はいこれ」

 伊吉さんが紙っぺらを差し出してくる。そこは僕の席だぞ。

「だが断る!」

 まえにもこんなことが。亜衣さん成長しないな。いや、学習か。今度は伊吉さんまで一緒だし。メンドクサさが増している。

「探偵好きなのにかたくなに入会をことわるなんて、わたなべ怪しいんじゃないの?」

 亜衣さん、本当に鋭いわけじゃないだろうな。転校してきたばかりのときも僕のことを疑っているみたいなことを言っていたし。

「怪しくない。僕は授業が終わったら早く帰りたいんだ。暇なんかじゃない。探偵倶楽部になんてはいらないぞ」

「はじめは猟奇殺人探偵部にしようと思ったんだけど、いきなり部はダメで同好会からだって先生に言われたの」

 それで探偵倶楽部になったのか。笹井さんがやりたいっていうなら部でもいいと思うぞ、僕は。気の利かない先生だな。

「猟奇殺人も物騒だからって削られちゃったんだ」

 うん、その判断は適切だな。僕も賛成だ。

「女の子ばかりの中に入るのが恥ずかしいの? いれてあげるから、恥ずかしがらずにはいりたまえ」

「そんなことは思ってない。嫌だからはいらないんだ」

「なにがさー。きっと高校受験にも有利だよ」

 亜衣さんは急に真剣そうな顔になって確信があるようなことを言う。

「そんなわけあるか」

「根拠はない」

「だろうな」

 亜衣さんの相手で、退院したばかりの僕の精神は消耗はなはだしいぞ。

「会長の笹井さんからも言ってやって。頑固なんだから、わたなべは」

「えっ、あの。迷惑じゃなかったら、一緒に探偵倶楽部で活動しない?」

 亜衣さんめ、汚い手を使いやがって。笹井さんは人を勧誘するのなんて苦手なんだぞ。ほら、恥ずかしそうになって。破壊力抜群だな。僕じゃなかったらよろこんで笹井さんの上履きの先を舐めているところだぞ。誰だ、その変態は。

 亜衣さんに笹井さんをいいようにされたら、変態で探偵倶楽部が満席になってしまう。亜衣さんに好き勝手させないためには、僕が猛獣使いとして操縦しなくてはいけないな。って、亜衣さんの汚い手にひっかかってるじゃないか! 危ないところだったぜ。

 だが、どうやって笹井さんの勧誘を断ったらいいんだ。僕にそんなことができるのか?

「あ、先生きた。席につかないと」

 デマカセで言ったところに、本当に先生がやってきた。僕にしては運が良すぎる。あとで悪いことに巻き込まれないように慎重に行動しないといけないな。

 笹井さんの方を見たら、なぜか頬をふくらませていた。かわいい。じゃなかった。そんなに一緒に探偵倶楽部をやりたいのかな。

 スルーしていたけれど、笹井さんが探偵倶楽部の会長なんだな。引っ込み思案なのに。やっぱり探偵倶楽部にかける意気込みが強いってことなんだろう。探偵倶楽部の活動をガンバってくれ、僕の犯罪を暴かない程度にね。

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