第24話 三原さんは僕を起こす
6月も終わり近くになってプール開きがあり、プールの授業がはじまった。更衣室はプールと並んで建っていて、男子の部屋と女子の部屋は金属の壁で仕切られているだけである。だけってこともないけれど、この向こうで女子が全裸になり、水着に着替えているかと思うと、男のロマンがふつふつと湧いてくるというもの。
しかも、屋根が波打ったそのままが更衣室の天井になっていて、つまり金属の壁にも波打った隙間が生じているわけで、目玉をくり抜いて隙間を通したらのぞき放題ということに。そんな妖怪じみたことができるやつはいないけれど。
そこまで体をはらずとも、内視鏡的なもので壁の向こうを見ることはできそうである。いや、そんな大掛かりなことをしなくても、ブルートゥースで接続できる小型カメラを設置したらスマホで見られてしまうな。けしからん隙間である。
善良な市民がそんな犯罪を見過ごすわけにもいかず、内部告発により犯罪者が生まれてしまうことは残念である。
学校のプールはキケンがいっぱい。
プールの授業は男女同時におこなわれるが、場所は区切られて別々だ。これは歓迎すべきだ。なぜなら、まちがって笹井さんとプールの授業なんてことになったら、うっかりプールに沈められることは予想がつくからである。
泳ぐの大好き三原さんはさぞかし有頂天になっているだろうと思ったのに、反対側のプールサイドで、なんだか浮かない顔をしている。お腹がすいてプールよりも、はやく給食にしてくれと思っているわけでもあるまいに。
三原さんの気持ちを想像してみる。うん、わかった! 水着が邪魔なのだ。全裸で泳がなかったら泳いだうちにはいらないのだ、三原さんの場合。ゲーム機を買ってもらって、わーいなんてよろこんでいたら、コントローラーは別売り、高いから来年の誕生日プレゼントねなんて言われてオープニング画面をながめて我慢するしかないようなものだな、きっと。そんな目をしている。
あるいは泳ぐには波がないとつまらないとか。海で泳ぐのが好きなのであって、泳げればどこでもよいわけではないのかもしれない。ハワイに行きたいと言ったら、いいわねえなんて母さんが言いだして、思い切って行ってみましょうとなって着いたら常磐ハワイアンセンターだったみたいなものか。そこはハワイではない、ダマされるな。母さんがフラダンス踊り出したりして満喫していても、僕にはなにも面白くないぞ。そんな感じだな。
「おい、なに三原の水着姿を凝視してるんだ、通報されるぞ」
プールサイドの僕のとなりで体育すわりをしている鹿島が余計なことを言ってきた。存在が余計なのだ。鹿島のそばにいると、女子の視線を感じてしまうから罰ゲームを受けている気分になる。
「凝視はしてない。ぼうっとしていただけだ」
「見とれていたのまちがいだろ。でも変だな、三原は渡辺の好みじゃないはず。渡辺はちっちゃくてかわいい系が好みなのに」
かってに僕の好みを決めるな。僕だってよくわかっていないというのに。でも、たしかに三原さんの全裸を見てしまっても、よろこびは薄かったな。いや、よろこんでない。
「渡辺の気持ちはわかる。三原はクラスで断トツにナイスバディだもんな。エロい目で見ちゃうってもんだ」
エロい目で見るな、同級生を。バレたら拷問にかけられるぞ。森山はスケベだから危険だ。
三原さんはどうなんだろう。森山みたいなスケベなやつが僕のかわりに堤防で釣りをしていたとして、裸を見ていいと言うのかな。見られて満足だったのかな。僕が見たがらなかったから見せつけようとしたのであって、見たいと言ったらダメだと言ったのかもしれない。女子の気持ちは謎だからな。
空には暗雲が立ち込めていた。まだ梅雨なのだ。
僕はプールの授業が嫌いだ。だって、疲れてそのあと一日体がダルくなる。お腹はすくから給食をいっぱい食べて、疲れプラス満腹イコールよけいに眠くなる。
はっ。
眠くなるなんて考えごとをしながらすでに眠っていたようだ。また笹井さんの手が滑って消しゴムが飛んできたらしく、僕を起したのだ。床から消しゴムを取り上げて笹井さんに差し出す。
ん?
笹井さんが不思議そうな顔をしている。なにか?
「わたしのじゃないよ」
「ふぇ?」
笹井さん寝ぼけているのかな。自分の消しゴムかどうかもわからない? 手を滑らせておいて?
「こっちこっち」
声を押さえつつ、こっちだと呼びかけてくるのは、三原さんだ。三原さんも笹井さん並に手が滑ったということか?
「授業中に居眠りしてたでしょ」
「え、あ、あぁ」
長い髪が半乾きの三原さんは、さらに大人っぽくて、どうも話しにくい。机に消しゴムを返してやる。手が滑ったのではなく、僕の頭に消しゴムを投げつけてきたということみたいだけれど。もうすこしやり方というものがあるだろうに。やさしく腕をツンツンするとかさぁ。女の子のクセに雑だな。
「痛ってぇ」
二の腕に激痛が走って、つい声をあげてしまった。笹井さんがシャープペンを構えている現場を目撃したぞ。やさしくツンツンなんて思っていた僕の考えが読めるのか、笹井さん。でも残念、シャープペンでブスブスではないぞ、僕が考えていたのは。笹井さんに僕の考えが読めるなんてことはないか。ただのドジだな。
「笹井さん、ノートそっち」
机の上のノートを指しておしえてやる。僕の腕をノートとまちがえるなんて、どんだけドジなんだ。常識でははかりしれないドジさ加減だ。さっき僕が話しかけたから体の向きがかわって、正面にあるのがノートだという先入観でまちがってしまったのだな。今は体の向きをなおしてノートに向かっている。これでひと安心だ。
「どうした、渡辺。教科書読みたいのか」
先生に指された。僕はナイスな発音で英文を読上げてやったぜ。
三原さんは外見が整っていて、彫刻的な美しさがある。僕にとっては、女子で唯一会話するほどの仲である。そんな女の子を僕は殺した。僕の気持ちは誰にもわからないだろうな。
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